Practice Makes Perfect/平標山〜仙ノ倉山〜エビス大黒ノ頭
谷川連峰の最高峰・仙ノ倉山(標高2,026M)。エビス大黒ノ頭より臨む

平標山登山口駐車場(有料500円)
まずは送電線鉄塔を目指す
松手山頂上(標高1,614M)から平標山を臨む
平標の山頂は奥深く、意外に遠く感じる
平標山山頂(標高1,984M) 平標から仙ノ倉に連なる緩やかな稜線
ファスナーを穿ったようなコースが山頂へ続く
植生保護のためか整備が行き届いている

仙ノ倉山山頂
あしゅら男爵を髣髴させる対照性のエビス大黒ノ頭
エビス大黒避難小屋から仙ノ倉山を振り返る
エビス大黒ノ頭(標高1,888M)
エビス大黒山頂から仙ノ倉を臨む
平標山頂から平標山の家へ向けて降下する
平標山の家から平標山を振り返る

平標山(たいらっぴょう)〜仙ノ倉山〜エビス大黒ノ頭

2010年6月1日(火曜日)

 スキーのオフトレ目的で始めた夏山登山も早四年目を迎えた。今季の幕開けは、まず軽く足慣らしのつもりで、平標山(標高1,984M)と仙ノ倉山(標高2,026M)の縦走コースを選択した。
 1ヶ月前に熊の湯スキー場のコブ斜面で激しく腰を痛めて以来、立ったまま靴下も履けず、歯磨きしたあと口もすすぎきれず、排便をいきめず等、屈辱的な日常生活を余儀なくされてきたが、それでも事故翌日から連日の出張仕事に奔走し、シーズン中のスキー復帰こそならなかったものの、ここに来てだいぶ恢復が見えてきた。軽い山登り程度ならとリハビリがてら低難度のコースを設定し、左膝には従来どおりサポーターを巻き付け、今回新たに腰のコルセットを導入した。

 平標山と仙ノ倉山は、群馬と新潟の県境である谷川連峰の一翼であり、2年前に縦走した谷川岳から万太郎山の更にその先に稜線を連ねる脊梁山脈の西端部にあたる。仙ノ倉は谷川連峰の最高峰であり、平標山は苗場スキー場とかぐらスキー場のほぼ中間点の国道17号線にその尾根を落としている。
 登山口は三国小学校のすぐ下に『平標山登山口駐車場』と看板が出ているのですぐ分かる。この駐車場、普通車で500円の有料だが、朝係員はいないので、勝手にクルマを乗り入れ、帰りに支払う。

 駐車場を出発して登山路に分け入ると、すぐにアスファルト道路に吐き出される。これを右に行けば平元新道であり、左に行けば松手山コースである。どちらを行っても同じような時間で平標山頂に到達するが、今日の予定は松手山コースで平標へ登り、稜線伝いに仙ノ倉を往復して、平元新道を下るというポピュラーなルートを設定した。

 アスファルト道路を左に行くと、すぐに松手山登山道の入り口がある。このあたりの路肩は広く、クルマ数台が停められるようになっている。ここに置けば駐車料金は要らないように思えるが、この手のお金は、おそらく環境保全費に充てられるのだろうと素直に納める。
 さて、当面の目標は地図にある通り送電線の鉄塔である。しばらく歩くとそれは尾根の上に見えてくる。後ろを振り返ると筍山(たけのこやま)とそこに広がる苗場スキー場のゲレンデが一面に見渡せる。
 多くのスキーヤーが、苗場スキー場のアンテナの建っている山頂が、苗場山ではなく筍山であることを知っている。苗場山はその右手に見えるテーブル状の平べったい山で、この時期まだ一際残雪が多く、派生尾根に展開するかぐらスキー場はつい二日前の5月30日まで営業を続けていた。

 7時5分に駐車場を出発し、8時ちょうどに鉄塔に到着した。久々の登山に忘れていた苦悩を悶々と喚起させられたが、地図上参考タイム1時間10分のところを55分で登れたので、足慣らしとしてはまずまず順調な滑り出しと言えるだろう。
 ところがどうしたことか、次の松手山までの区間参考タイム50分のところを半分の25分で登ってしまった。これはどう受け止めたらいいのだろう。特別調子が好いわけではなく、通常のペースで登ったまでである。となると、地図の参考タイムの採り方がおかしいのか。困惑のまま次の区間を進んだ。

 松手山を過ぎると、それまで山頂と思っていたものが単なる尾根の肩に過ぎず、真の山頂は意外に奥深く遠いものだということが分かってきた。松手山から平標山頂までの参考区間タイムは1時間10分であり、時計と山頂を見比べて時間内に着くのは難しく思われたが、何とか5分だけ縮められた。合計タイムでは参考3時間10分に対して2時間25分と、これで見ればまずまずの結果だった。

 15分間の休憩の後、仙ノ倉へ向かう。
 ここからは緩やかな尾根道であるが、平標山頂に出たところから雪田が目立ち始め、特に仙ノ倉への稜線に降下すると、土樽方面から吹き上げてくる風が非常に冷たかった。
 それまで半袖シャツで汗だくで登って来たのが、たまらず上着を羽織り、手袋まで装着した。

 植生保護のためか道はよく整備されており、仙ノ倉山頂へ向けて延々と木の階段が続いている。それはまるでファスナーのように見え、いささか大仰で滑稽な感じもする。このファスナーを黙々と登って行くと仙ノ倉山頂に到着する。
 何の感慨もない。

 今日はリハビリを兼ねた試験登山であり、それなりのコースを選んだつもりであり、その結果それをあっけなく感じたとしても致し方ないことと思っていた。
 ところが、この言い知れぬ違和感は一体何だろうか。まったく予期していなかった、なんとも得体の知れない消化不良の気持ち悪さに次第に胸がムカムカしてきた。
 こんな登山は初めてである。そもそも一体これは登山だったのだろうか。ここが予定の終着点には違いないが、ここに佇む自分がひどく間抜けに思えてならなかった。

 何故か、このままでは済まされないと思った。私はこの言い知れぬフラストレーションのはけ口を探した。目ざとくそれは見つかった。万太郎山へと続く縦走路の次の山、エビス大黒ノ頭である。
 これまで辿って来たこんもりした丘のような、なんとも穏やかな形状の平標や仙ノ倉とはかけ離れた、ナイフの刃を立てたような鋭利なシルエットと、稜線を挟んで半分が穏やかなスロープ、半分が邪悪な断崖という異様な対照性を持った山だった。それは即座に『マジンガーZ』に登場する半身男女のサイボーグ『あしゅら男爵』を髣髴(ほうふつ)させた。
 エビス大黒というくらいだから、恵比寿と大黒天の合神ということだろうか。双方とも七福神のメンバーだが、恵比寿を福の神、大黒天を破壊神とすれば、さしずめ『孔子暗黒伝』に登場する『ハリハラ』である。一体どういう経緯で付いたものか、ずいぶんと味のある名前を付けたものである。
 あしゅら男爵が、
「来て/来いよ」
 と呼んでいた。

 エビス大黒ノ頭を往復することにした。これは予定にないことで、登山届にも書いていない。無届の登山は御法度だが、このアシンメトリックの魔力には到底抗えなかった。山岳遭難は得てしてこのようにして起こるのかもしれないと思いつつも、慎重を期せば行けるはずと自分に言い聞かせ、仙ノ倉の降下にかかった。

 様相が一変した。
 ここまでずっと登山道は木の階段の管理下に置かれていたわけだが、山頂から反対側はその行為そのものを嘲笑うかのように、まったくの絶無だった。傾斜は急で、空気自体がまるで違っていた。
『登山』の空気感だった。
 おそらくほとんどのハイカーは仙ノ倉までで、その先に踏み出す人はあまりいないのではないだろうか。言い換えれば、仙ノ倉山頂を境として、戻る人と進む人とでは求める価値観そのものが異なるのかもしれない。仙ノ倉山頂で感じた違和感の正体がこれでようやく分かった気がした。登山道が整備されすぎているのだ。

 事故防止や植生保護の観点から、登山道の整備は必要不可欠だろうし、そのための労力も想像に余りあるが、過剰な整備は登山の本質自体を損ないかねない諸刃の剣であることも否めない。仙ノ倉までの登山は実は登山ではなく、例えば公園の遊歩道を歩いているような、登山とは別次元の価値観に支配されているに過ぎず、訪れる側も迎える側も、最初からそういう価値観を前提としているだけなのかもしれない。いわゆる『観光』である。
 もしそうなら、有料の駐車場もごく単純に納得できる。つまり公園を整備して入園料を取り、その金で更なる整備を行う、ただそれだけのことだったのではないだろうか。
 無論それはそれで尊重されるべきことだが、今回感じた失望感や苛立ちは、つまりはそういうことだったに違いない。観光地に来て、これは登山ではないと云ったところで、周りからは「何が?」といぶかられるのがオチだろう。

 とにかく、この日の私にとっては、仙ノ倉を降下してからが『登山』だった。
 45分後にエビス大黒のピークに立ち、その先の万太郎山を眺め、振り返って仙ノ倉を眺め、それでようやく溜飲が下がった。これより先へ行くつもりはない。休憩10分できびすを返し、元来た仙ノ倉へ登り返した。

 仙ノ倉を越え、平標の山頂に登り上げる。山頂には登山道が十字路を為しており、まっすぐ降りれば登って来た松手山コース、左に下れば平標山の家を経由する平元新道である。当初の予定通り平元新道を下った。
 過剰とも思える木の階段を延々と下り、途中で本日唯一の雪田通過もあったが、用心のために携行していたアイゼンやピッケルは結局使わずじまいだった。

●登山データ
2010年6月1日(火曜日)
平標山登山口(標高972M)→仙ノ倉山(標高2,026M)、標高差1,054M

平標山登山口(7時05分出発)→送電線鉄塔(8時00分)→松手山(8時25分)→平標山(9時30分/休憩15分)→仙ノ倉山(10時25分/休憩10分)→エビス大黒ノ頭(11時20分到着)、登り所要時間:4時間15分
山頂滞在時間:10分
エビス大黒ノ頭(11時30分下山開始)→仙ノ倉山(12時30分/休憩10分)→平標山(13時15分)→平標山の家(13時40分/休憩5分)→登山口駐車場(15時05分到着)、下り所要時間:3時間35分
全行程:8時間00分

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