Practice Makes Perfect/美の山縦走(親鼻駅〜仙元山コース〜金山鉱山跡〜和銅黒谷駅)
親鼻駅から出発
仙元山コースから先日登った登谷山が一望できる
仙元山コース
みはらし園地
美の山山頂に到着
秩父盆地が一望の元に
遠く両神山
山頂広場を後に下山開始
上段の和銅採掘遺跡への標識が綺麗に切断除去されている(下段の和銅採掘露天掘跡とは別物)
落ち葉に埋もれた階段を下りて行くと、
本日の核心部、和銅採掘遺跡(金山鉱山跡)
坑道は四本あり、奥行きは深いところで30メートルほどある。ヘッドライトが電池切れのため、黄泉比良坂を行くイザナギになった気分だ
コウモリだ。何故か斜めにぶら下がっている
深淵の行き止まりだ

行き止まりにタッチ(笑)
和銅精錬所跡
和銅黒谷駅に到着

美の山縦走(親鼻駅〜仙元山コース〜金山鉱山跡〜和銅黒谷駅)

2020年12月7日(月曜日)

 コロナ禍の今季は山頂まで車道が通じた山を選んで登っているが、今まで山とも思わず登山対象にしてこなかったものの、こうして改めて歩いて登ってみると、クルマでは見過ごされる見所を随所に発見でき、山頂ただ一点を目指すことばかりが登山ではないという認識の広がりを得ることができる。
 前回、和銅黒谷駅から登って皆野駅に降りてきた蓑山(美の山)を、今回は親鼻駅から往復する予定でクルマで出かけたところ、当てにしていた日貸し駐車場が親鼻駅にはなく、計画は初手から頓挫に見舞われた。
 とりあえず隣の皆野駅まで行き、日貸し駐車場にクルマを停め、電車に乗り込み親鼻駅までとって返した。7時過ぎとあってか前回無人だった皆野駅にも親鼻駅にも駅員が滞在し、車内もホームも学生でわりかし混んでいた。
 乗ってくる学生と入れ違いにホームに降り立つと、四角いお菓子の空き缶を持った駅長が立っていた。持っていた切符をその缶に入れ、列車を見送ってから、改札とは反対側の線路を渡ってもいいか駅長に訊ねた。
 そのことはこの駅の構造によるものだが、秩父鉄道の線路は国道と町道に挟まれる形で、川の字の真ん中を走っており、駅の改札は町道側にしかない。ところが反対の国道側からこの駅に入る場合、なんと駅舎も改札も通ることなく、直接線路からホームに入れてしまうのである。国道側の乗降客が遠くの踏切から迂回して来るのに配慮したショートカットなのだろうが、IC改札機のない秩父鉄道は、紙の定期券さえ持っていれば、改札を介することなく電車に乗れてしまうのである。切符を買う場合は、一旦改札を出てから、券売機で買ってホームに戻るということをしなければならない。
 美の山に登る場合、国道側に行きたいので、それを通ってもいいかと訊いたのである。
「美の山に登るんかい? 帰りは黒谷に降りるんかい?」
 と駅長が訊いてきた。
「うん、ここにクルマを置いて往復するつもりだったけど、駐車場がなかったんで皆野駅に停めてきたけど、どうすっかな?」
 と迷っていると、
「駐車場ならそこにあるよ」
 と奇妙なことを口走った。実際さっき見たのである。駅に隣接するアパートの住民用以外ない。
「え? どこに?」
 と訊くと、駅長は駅舎の外の自販機の前を指差し、
「一台しか置けないけど、ここに黙って置いていいよ」
 と言った。確かに一台置けるだけのスペースはあるが、駐車ラインもないし、表示もない。そうと知らなければこれは置けない。
「親鼻駅から登って黒谷駅に降りるんなら美の山のバッジがもらえるよ」
 今度は事務所からチラシを持ってきた。
 それには秩父鉄道沿線のモデルコースがいくつか載っていて、特定の駅から登って特定の駅に降りることでその山のバッジがもらえるとあった。出発駅欄には親鼻駅のスタンプと今日の日付が入れてあり、裏返すと美の山の地図が描かれていた。コースタイムは約3時間とある。今日は何らテーマを決めてないただの暇つぶしである。折角なので、ではこれに乗るかと、駅事務室でペンを借りて名前を書き入れた。

 国道を渡ると『秩父霊場十三仏まいり萬福寺入口』の看板があり、路傍に『美の山・仙元山コース(左)、美の山・関東ふれあいの道(右)』の標識がある。もらった地図はふれあいの道を案内しているが、現地の看板には仙元山コースを『自然と歴史コース』と紹介していたので、こちらを選んで登ってみた。
 浄水場を過ぎて尾根に出ると、宝登山を向いて建つ祠があり、左手に先日登った登谷山がよく見える。登山者の入山カウンターがあるのでこれを押して一旦車道に出て、いこいの村の少し上で二回目の車道を越えると、お犬のくぼというよく分からない石積みがあり、その先で『ふれあいの道』に合流した。
 蓑山神社への分岐のあるみはらし園地を経て、やがて山頂に到着した。所要時間は1時間10分である。山頂ベンチで朝食のおにぎりを食べ、休憩25分で下山に移った。山頂に他にハイカーの姿はなく、先日登った時と同様、山頂広場に軽トラを乗り入れた作業員がいるだけだった。
 さて、もらった地図は、和銅遺跡と聖神社を経て、黒谷駅に降りるコースとなっているが、これは先日登りに使ったので、今回は別ルートを採ることにした。すなわち、和銅遺跡の更に先にある和銅精錬所跡を経由するコースで、これならば、美の山を北から南に縦断する形となり、縦走と呼ぶに相応しい、完全攻略と言えるものになるだろう。ちなみに、バッジがもらえるキャンペーンは、一週間前の11月30日で終了と書かれていた。

 山頂駐車場からしばらく車道を下ると、精錬所への分岐標識がノコギリで綺麗に切断されていた。これは一体何を意味しているのか。標識こそ失われているが、道に通行止の措置はなく、登山道は落ち葉に埋もれてはいるものの、樹脂丸太の階段で整備されていた。しかし、しばらく降りて行って、何となくその意味が分かった。
 露出した岩盤に二つの穴が空いていた。何の解説看板も標識もないが、これが和銅採掘遺跡、或いは金山鉱山跡と呼ばれるものに違いない。左の穴は入り口が土砂で半ば埋没しているが、右は入れそうである。進入禁止の何らの措置も取られていないが、数年前に秩父の若御子山で、洞窟を覗き込んだハイカーが中から出てきた熊に襲われる事例があった。あの分岐標識の切断はおそらくこれを鑑みたものに違いない。

 リュックを下ろしてヘッドライトを確認したところ、電池が切れていた。これまで携行しても使った試しがなく、迂闊にもチェックを怠っていた。
 野生の熊に出遭ったことはないが、それらしい臭いは二度嗅いだことがある。何ヶ月も風呂に入ってない強烈な獣臭で、熊のモノと確信している。あたりに異臭のないことを確認して右の坑道を覗いてみると、正面はすぐに行き止まりだったものの、右に分岐する穴が続いており、少し入ってみるとその先で更に二手に分かれ、左はすぐに行き止まりだが、右に湾曲した坑道は遥か奥まで続いていた。陽光は届かず、ヘッドライトもないため全く闇の深淵である。
 漫画『ゴールデンカムイ』では、冬眠中の羆は巣穴に入って来た人間を襲わないと描かれている。登山ナイフも久しく持ち歩いていないが、熊除けスプレーを恃みに、全身の感覚を研ぎ澄まして熊の気配を探る。異臭はない。
 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを見ている。見ているのは己自身の恐怖心、ダークサイドである。
 デジカメを取り出し、フラッシュを焚いて写った画像を確認する。反射するもののない虚空の深淵にストロボが吸い込まれ、さながら黄泉に通づる底知れぬ闇が映るだけである。網膜に焼き付けた数メートル分の壁と天井と床の残像を頼りに、黄泉比良坂(よもつひらさか)に分け入るイザナギのように闇に踏み込む。また撮影し、新たな残像を網膜に記録して進むと、30メートルほどで深淵の底に突き当たった。坑道が湾曲屈折しているため外の光は全く届かない。行き止まりの壁にタッチし、しばらく辺りを撮影してから引き返した。
 リュックを拾って道を下ると、もう二箇所の穴を発見した。この二つも行き止まりまで潜って調査した。調査兵団になった気分である。熊はいなかったが、コウモリが居た。小さなコウモリが一匹だけ、眠っているのか天井から逆さに、器用にも少し斜めになってぶら下がり、フラッシュを焚いて撮影しても微動だにしなかった。触ってみたかったが、噛まれて破傷風にでもなると逼迫中の医療の負担になるので我慢した。
 坑道から少し下ると柵に囲われた精錬所跡があり、解説看板が立っていた。坑道は500〜300年前のもので、復元されたものが8本、未復元のものが6本、全部で14本あり、すべて鑿(のみ)による手掘りとある。
 車道が通じ、公園として明るく整備された山頂部と、五百年前の真っ暗な坑道。いずれが自然破壊でいずれが文化遺産か、どちらも人の手による開発だが、熊が居るかもしれない暗闇の深淵に、ヘッドライトなしに踏み込む恐怖は、今回の退屈なハイキングのクライマックスとして予期せぬイベントとなった。
 今回潜ったのは散策コース沿いの三本だったが、もしかすると散策コースの整備されていない未復元の穴には居たかもしれない。

 和銅黒谷駅に着いたのが10時50分、山頂からの所要時間は1時間25分だった。全行程は3時間00分である。
 終日無人駅と思っていたところ駅員がいたので、親鼻駅でもらったんだけどとチラシを差し出したところ、バッジはもう終わりましたと、代わりに秩父鉄道のクリアファイルをくれた。

●登山データ
2020年12月7日(月曜日)
親鼻駅(標高160M)→美の山(標高581M)、標高差421M

親鼻駅(7時50分出発)→仙元山コース→みはらし園地(8時45分)→美の山山頂(9時00分到着)、登り所要時間:1時間10分
山頂滞在時間:25分
美の山山頂(9時25分下山開始)→和銅採掘遺跡(10時03分/坑道調査21分)→和銅精錬所跡(10時25分)→和銅黒谷駅(10時50分到着)、下り所要時間:1時間25分
全行程:3時間00分

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