Practice Makes Perfect/横瀬二子山
芦ヶ久保道の駅第2駐車場から出発
登山届ポストと山の学習看板レッスン1
看板は一定の間隔で置かれていて、山頂はレッスン8になる
梅雨季のため登山道は全体的に濡れて滑る
六頭ほどの猿の群との遭遇
ひどく滑る登山道。木の根元の土が洗い流され、木の根が剥き出しになっている。この時は下山時に起こる悲劇を予感できなかった
雌岳山頂

雄岳山頂
雄岳から武甲山の掘削ベンチの様子が見て取れる
山頂に立つLESSON8の看板には、下山時にスリップ事故が起こるから注意しろと書かれているが、教訓活かせず正にその通りとなった

横瀬二子山

2019年7月25日(木曜日)

 雨にぬかるんだ登山道の下りは、まるで濡れた石鹸の上を歩くようだった。道の脇に張られたフィックスロープをつかんでいても靴がずるずると滑ってしまい、既に3回尻餅を突き、登りでは汚さなかったズボンが泥まみれになっていた。
 4度目のスリップを懸命にロープをつかんで堪えるが、両足とも虚しくズルズル滑ってしまい、映画『マトリックス』の銃弾避けシーンの様に、スローモーションで上体がのけぞっていった。反射的に受け身を取ろうと上体をひねった刹那、背中の下に尖った木の根がこちらを向いて突き出ているのが目に入った。
 バトル漫画やホラー映画で、蹴られて後ろに吹っ飛んだら、偶然そこにあった尖った鉄骨で背中から胸まで串刺しになるシーンがよくあるが、瞬間それが脳裏をよぎり、それだけは何としても避けねばと思った。

 令和元年。関東地方は6月7日に梅雨入りし、7月29日に明けた。まずは平年並みで、昨今梅雨といえば情緒もへったくれもないゲリラ豪雨型だったのが、この年は珍しく毎日しとしとと梅雨らしい雨が続いた。
 梅雨明けと共にうだるような真夏日が到来したが、今回は梅雨明け少し前の、雨の間隙を突いたハイキングレポートである。

 この日も天気は不安定で、午後には降るとの予報だったが、スキーシーズン終了後間も無く梅雨入りしてしまったため、既に2ヶ月の運動不足に陥っている。9年間共にした登山靴がボロボロになったため、新しい靴のシェイクダウンも兼ね、軽い足慣らしにと地元の二子山を訪れた。
 秩父市街から国道299号線を飯能方面に上って行くと、芦ヶ久保道の駅に着く。アスファルト舗装された立派な駐車場とは別に、その手前に西武鉄道の芦ヶ久保駅の利用者用に供された旧来の未舗装の駐車場がある。今では道の駅第2駐車場という看板が出ているが、二子山の登山者用をも兼ねているので、ここをスタート地点とした。
 駐車場から橋を渡ると登山ポストが置かれていて『横瀬二子山学習登山コースLESSON1』という看板が立っている。出発に先立っての心構えが書かれており、道すがら登山のアドバイスを紹介し、山頂のLESSON8まで続くとある。
 秩父地方には横瀬と小鹿野に同名の山があるが、地元民はどちらも普通に二子山と呼んでいる。ネットでは区別するためか、横瀬二子山と紹介している人を散見して違和感を持っていたが、なるほど現地の看板にそう書かれていたかと瞠目した。看板の設置者は、埼玉県警察山岳救助隊、横瀬町、秩父山岳連盟、武甲岳人会の連名である。

 西武鉄道の線路下のガードをくぐると登山道に入る。久しぶりの山登りは蒸し暑く辛かった。この時期アブの襲来を予想していたが、この日一匹も見かけない。蛭もいない。いたのは猿とリスだけだった。
 山頂まで短い行程とはいえ、雌岳山頂直下の急斜面はかなりの難所だった。角度が急な上、連日の雨でぬかるみ、さながら濡れた石鹸の上を歩く様だった。急斜面に網の目のようにむき出しになった木の根を踏むと更に滑る。コースに沿って張られたフィックスロープを掴み、斜面に対して鉛直方向から荷重することでどうにか登ることができたものの、下りは厳しいものになるだろうと予想された。

 二子山なので山頂は二つある。まず雌岳に着き、そこを通り越して一旦鞍部に下ってから雄岳に登り上げる。山頂も濡れていたが、マットを敷いて座り休憩した。山頂は樹木に囲われているが、一角が僅かに切り開かれていて、ここから武甲山の掘削ベンチがよく見えた。
 小さな羊羹を口に入れ、休憩27分で登ってきた道をそのまま引き返した。

 雌岳山頂を越えると例の下りの難所である。フィックスロープを掴んで斜面に対し鉛直方向から踏んでも、まったく効果は得られず虚しく足元が滑った。急斜面に網の目のようにむき出しになった木の根を踏むと更に滑る。3度尻餅を突き、次第にズボンが泥だらけになっていった。
 4度目のスリップでロープを離さなかったものの、両足がズルズル滑ってしまい、懸命にロープにすがって堪えるものの、マトリックスのバレットタイムの様にスローモーションで上体が仰け反っていった。反射的に受け身を取ろうと上体をひねった刹那、背中の下に尖った木の根が上を向いて突き出ているのが目に入った。
 ホラー映画などでよくある、尖った鉄骨に背中から胸まで串刺しにされるシーンが脳裏をよぎり、それだけは何としても避けねばと思った次の瞬間、木の根がぶすりと背中にめり込んだ。
 徐々にズブズブ入ってくる感覚があった。
 しまった、このままでは死ぬ、と思った。
 胸まで貫通するより早く上体をひねって回転させ、刺さった木の根を無理やり引き抜いた。
 刺さってから引き抜くまでのこの間1秒である。

 木の根に串刺しにされた死体が登山道に転がっていたらどうだろう。想像しただけで悲愴を通り越した間抜けである。山登りを続ける限りいつかは訪れる遭難死とはいえ、遭難者の最期なぞロクなものではない。一先ずそれを回避できたことを神に感謝した。
 触ってみると右の肩甲骨あたりから出血していたが、痛みはあるものの痺れはなく傷は浅い様だった。途中で湧き水が沢になったところでタオルを絞り、泥だらけになった衣服を拭った。
 どうにか駐車場まで辿り着き、クルマの外で全裸になって衣服を検めたが、服は血まみれだったものの傷口の出血は既に止まっていた。

●登山データ
2019年7月25日(木曜日)
芦ヶ久保道の駅第2駐車場(標高310M)→二子山(標高883M)、標高差573M

芦ヶ久保道の駅第2駐車場(9時30分出発)→二子山雌岳(11時00分)→二子山雄岳(11時10分到着)、登り所要時間:1時間40分
山頂滞在時間:27分
二子山雄岳(11時37分下山開始)→芦ヶ久保道の駅第2駐車場(12時44分到着)、下り所要時間:1時間07分
全行程:3時間14分

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