Practice Makes Perfect/戸隠山
戸隠山の核心部分、龍の背を思わせる細くうねった登山道『蟻の塔渡り』

戸隠神社奥社駐車場から出発
随神門
奥社参道杉並木の巨木
戸隠神社奥社
登山道入り口
屏風のような岩が迫る
鎖の垂れ下がった岩峰に登ってみると
戸隠西岳の展望
数カ所の鎖場が待ち受けている
鎖を登りきると
山頂直下の難関・蟻の塔渡りだ 細く捻れた剣の刃渡り
渡り終えた蟻の塔渡りを振り返る 八方睨(標高1,900M)
八方睨から西岳
戸隠山山頂(標高1,904M)
崖っぷちの稜線歩きはアップダウンが多い
見るからに急勾配の高妻山
九頭竜山では10頭ほどのサルの群れに遭遇

九頭竜山(標高1,883M)
一不動避難小屋から下山
戸隠牧場から戸隠山を振り返る

戸隠山

2018年6月14日(木曜日)

 スキーシーズンが終わるとオフトレと称し、15年間地元の公園の駐車場でインラインスケートをしてきたが、迷惑行為として公園から締め出されたのと、ジャンクスポーツをする齢(とし)でもなくなったので、代わりに夏山登山を始めた。今年で12年目になる。ただの体力づくりなので、なるべくお金を掛けず、手軽に楽しめればいいと思っていたが、そろそろ過渡期に入った感があり、真夜中に起きて遠くの山に出掛けるのが億劫(おっくう)になった。そろそろ近場の一度登った山を、何度も繰り返し登ることも検討せねばならないかもしれない。
 スキーに行くにも白馬や妙高は秩父の自宅から遠く、それは良いとしても、オフトレにそこまで行くモチベーションは急速に失われつつある。しかし近くの一度登った山に行く気にもなれず、仕方なし老体に鞭打って戸隠山に行くことにした。

 数年前のまだ勢いのある頃なら、戸隠山と高妻山を日帰りセットで登ったところだが、もはやそんな元気もない。戸隠山一本に絞り、戸隠神社から登って戸隠牧場に下る周回ルートを歩くことにした。地図上参考タイムは7時間05分である。前夜ゆっくり眠り、朝5時に出発し、戸隠神社奥社の有料駐車場に8時前に到着した。
 奥社入り口の駐車場は二ヶ所ある。アスファルト舗装された遮断器付きの有料駐車場と、道向かいの未舗装の駐車場である。舗装には誰もおらず、未舗装には6割ほど入っていた。下山してきたときには係のオジサンが数人出ていて、未舗装から出る人を捕まえては料金を徴収していたので、舗装より安いのかもしれないが無料ではないようだった。ともかく私は躊躇うことなく遮断機付きの有料駐車場に入れた。

 表参道をしばらく歩いて随神門をくぐり、『進撃の巨人』の森にでも迷い込んだかのような天を衝く巨木の並木を抜けると戸隠奥社に着く。隣にある社は九頭竜(くずりゅう)社とある。奥社に祀られているのは、天岩戸に引きこもったアマテラスをアメノウズメが渾身のストリップで誘い出した瞬間、岩戸を強引に引っぺがして引きずり出した剛腕のアメノタジカラオである。九頭竜大神は雨と水を司る神とのことだ。安全祈願をして登山届をポストに放り込み、登山道に入る。
 ベースからして標高の高い長野県とはいえ、一向に涼しくない。気温湿度とも高く、早くも苦悩に満ちた登山が始まる。ブヨがやたらと多く、道の真ん中に黒々と渦巻いて顔にまとわりついてくる様は、これから始まる地獄の序章だろうか。虫除けの忌避剤を付けているが、汗で流れてしまったのかほとんど効果がない。そんな中をしばらく歩き、登り区間後半に現れる数カ所の鎖場をクリアすると、本日の核心部である『蟻の塔渡り(ありのとわたり)』に到着する。

 足元の両側とも数百メートル切れ落ちた断崖上に、まるで天翔ける龍の背のような細くうねった道はさながら『インディ・ジョーンズ』の試練のようで、幅50センチの『蟻の塔渡り』と、更に狭い20センチの『剣の刃渡り』の二段構えになっている。戸渡り、門渡りとも書き、蟻が一列になって進む様の他、陰部と肛門の間という意味もあるらしく、過去に墜落死亡事故もあったことから、なるほどそのヤバさに股間のその部分がムズムズしてくる。無論落ちれば助からないので、この龍の背の下の岩肌には、鎖にすがってトラバースする迂回ルートが整備されている。
 この山に来た目的は無論、この難関の正面突破である。

 龍の背に踏み出す。幅50センチは問題ない。ヤバいのは20センチである。ただ細いだけでなく、捻れてくびれているため、バランスを取るのは至難である。失敗すれば間違いなく死ぬという恐怖に囚われれば、実力は微塵も出せず到底渡れない。だがこの恐怖には遂に打ち勝てず、思わず地にひれ伏してしまった。相撲なら負けである。ボクシングならワンダウンか。どうにかワンダウンでクリアしたが、高さが一尺だろうが百丈だろうが同じ20センチには違いない、それこそが見切りである、と説いた宮本武蔵先生の境地には残念ながら至れなかった。
 蟻の塔渡りを突破すれば最初のピーク八方睨である。その名の通り周囲360度に睨みが利き、広さもまずまずある。戸隠西岳の屏風のような岩峰が眼前を圧倒し、その横には異様な角度でせりあがった高妻山が特徴的だ。何度か滑りに来た戸隠スキー場のゲレンデも一望に見渡せる。眼下では後続のハイカーが龍の背の突破を諦め、迂回ルートに取り付いていた。
 ここから戸隠山の山頂まではすぐである。スタートから2時間12分で到達した。

 山頂もブヨが多く落ち着いて休憩する気にもなれず、滞在時間4分で次の目的地九頭竜山へと向かった。
 稜線の登山道は草木に蔽われているため、一見のどかにカモフラージュされているが、実際は数百メートルの断崖上なのを忘れてはならない。おまけにアップダウンが多く、ボディーブローのようにジワジワと効いてくる。
 登山道に2ヶ所、大きく真っ黒な糞がしてあった。熊だろうか。足元の糞に視線を落とした瞬間、不意に視界の隅で藪がガサガサッと動いた。ギョッと視点を飛ばすと藪の中に大きな物体がうごめいていた。
 糞のヌシかと一瞬身構えたが、大きく見えたそれは二匹の猿だった。頭上を見上げると十頭ほどの群れが木の上からこちらを窺っていた。視線を上げると今度は一匹の大きな猿が悠然と目の前を横切った。まったくこいつら、人の虚を突くのに手慣れてやがる。いや、俺が翻弄されすぎなのだ。これが勝負なら間違いなく負けている。
 九頭竜山の道にはハエが多い。足元からワッと飛び立つので、おかげで道にやたらと落ちている緑色のウンコを踏まずに済む。山頂にもかたわらの木の上からこちらをジッと見下ろしている猿がいるし、とにかくウンコとハエと猿で落ち着いて休む気にもなれないので、一不動避難小屋まで一気に下り、結局そのまま稜線に別れを告げた。

 途中に『氷清水』という湧水があり、やがてそれが川となり、滝となって牧場まで続いていた。よく道に迷ったら沢に降りてはいけないというが、道はこの川に沿って付けられており、行き止まりの滝の断崖には鎖が取り付けられていた。
 ゴロゴロした河原の石に時折ペンキマークが付いているが、いつの間にかそれを見失い道を外れていた。倒木の多い降りてはいけない沢を下っていた。やがて折り重なる倒木に阻まれ、さすがに間違えたと思い、わかるとこまで戻ると、道はいつの間にか沢を避けて迂回しており、何のことはない倒木のすぐわきに道が付けられていた。
 戸隠牧場まで下り、自然観察路に分入って駐車場に戻ったのが14時16分だった。
 登りと全行程では地図上参考タイムを短縮できたものの、アップダウンが連続する稜線区間と、道を間違えた下山区間はコースタイムをオーバーした。
 クルマで衣服をあらため、駐車場のすぐ脇の蕎麦屋で昼食にした。山上ではブヨとハエと猿とウンコで休むところがなかったが、実は最初から休むつもりもなく、昼食も持っていなかったのである。

●登山データ
2018年6月14日(木曜日)
戸隠神社奥社駐車場(標高1,117M)→戸隠山(標高1,904M)、標高差787M

戸隠神社奥社駐車場(8時08分出発)→戸隠神社奥社(8時36分)→蟻の塔渡り(9時48分)→八方睨(10時06分)→戸隠山山頂(10時20分到着)、登り所要時間:2時間12分
山頂滞在時間:4分
戸隠山山頂(10時24分)→九頭竜山(11時12分)→一不動避難小屋(12時01分)→戸隠牧場(13時32分)→さかさ川歩道入り口(13時41分)→戸隠神社奥社駐車場(14時16分到着)、下り所要時間:3時間52分
全行程:6時間08分

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