Practice Makes Perfect/針ノ木岳・蓮華岳(日帰り縦走)
蓮華岳から見た針ノ木岳(標高2,821M)と針ノ木峠

扇沢駅の有料駐車場から出発
登山口に登山相談所ができていた。届を提出
先日は閉まっていた大沢小屋も営業している
先月は雪渓だったところが川になっており、橋が架かっていた
雪渓の取り付き口は崩落が進み、上部に至ってはすっかりなくなっている
取りあえずアイゼンとピッケルで雪渓を登る
クレバスも2カ所あり、雪が薄い。この日の夕方大きく崩落し通行止めとなった
雪渓終了。ここから夏道を登る
見覚えのある岩だ 前回視界不良の中、間違えて登った斜面だ
針ノ木峠下の急斜面の雪もすっかり消えていた 前回直降りした針ノ木峠の斜面は結構急だ
針ノ木峠(標高2,536M) 峠に建つ針ノ木小屋
前回視界不良の中、登りあげた稜線だ 前回視界不良の中、山頂を断念した地点だ
今回は山頂も登山道も見えているが、この登山道は土が滑って歩き難い 針ノ木峠までの体力消耗が激しく、峠から山頂までの区間がひどくきつい
何とか針ノ木岳山頂に到着 山頂の様子

針ノ木岳の隣のスバリ岳

黒部湖と立山・剱
槍・穂高方面

針ノ木峠まで降りて蓮華岳(標高2,799M)に登る

蓮華岳は尾根が長いが、勾配が緩く針ノ木岳より登りやすい
不毛な瓦礫に孤高に咲く女王コマクサ
尾根が長く、なかなか山頂が遠い
蓮華岳山頂に到着
蓮華岳山頂の様子
山頂では雷鳥がお出迎え

針ノ木岳・蓮華岳(日帰り縦走)

2016年7月20日(水曜日)

 6月に敗退した針ノ木岳と蓮華岳縦走の雪辱戦である。
 夜中の1時半に家を出て、扇沢の有料駐車場に4時半に着いた。18時間勤務明けに多少の睡眠をとったものの、あまりの疲労にこんな状態で本当に登れるのか不安だが、有料駐車場のウォシュレットにしばし憩い、車内で朝食をとってから、5時ちょうどに登山を開始した。
 林道ゲート脇の登山口には『登山相談所』というテントが設けられ、係の人が立っていた。持参した登山届を差し出し、針ノ木と蓮華に登りますと伝えると、「はい、どうぞ」との返事だった。
 有料駐車場の少し下に市営の無料駐車場があるが、先月はガラガラだったのが、この日はほぼ満車に見える。前回は雨の中一人だったが、今回は他にも登山者が散見でき、先日は閉まっていた大沢小屋も営業しており、いよいよ夏山シーズン本番という活気が漂っていた。

 雪渓は想像以上に小さくなっていた。
 先月はなかった背丈を越えるシシウドの群落を掻き分け、雪解けでできた川を簡易な丸太橋で対岸に渡る。雪渓の取り付き口は雪が大きく崩れて川が轟音を立てており、見上げる上部に雪は全くなかった。4本爪アイゼンも携行していたが、念のため8本爪を装着し、ピッケル片手に雪渓を登り始めた。
 途中に陥没穴やクレバスがあり、穴の隙間から覗き見る雪の厚さは今にも崩落しそうなほど心許ない。急斜面を登って勾配が緩くなると、そこで雪渓は唐突に終わり、一か月前に稜線まであった雪は微塵も残っていなかった。
 様変わりした景色の中から、先月間違えて登った斜面や、誤って誘導された岩のマーカーなどを見つけると、無智が招いた遭難まがいの激闘が思い起こされ頬(ほお)が歪む。
 針ノ木峠下の急斜面をジグザグな夏道で登り、出発から3時間25分で峠に辿り着いた。前回は雨戸に固く閉ざされていた針ノ木小屋も営業していたが、休憩しないまま針ノ木岳の稜線に取付いた。

 先月ガスに蔽われ、針ノ木峠への雪渓が分からず、迷いに迷った末、結局違う雪渓から稜線に登りあげた訳だが、その見覚えある地点に到着した。前回5時間20分掛かったところを今回は3時間40分である。1時間40分のアドバンテージを得たことで、前回諦めた針ノ木岳と蓮華岳、ふたつの山頂に到達できることが約束された。はずだった。
 体は既に疲労に蝕まれていた。背中の荷物が倍の重さとなって肩に食い込み、足を前に踏み出せなくなっていた。きつい勾配に終始伸びきったままのアキレス腱がチリチリと痛んだ。地面のフリクション(摩擦力)が弱く、一歩ごとに足許がズルッと1センチくらい後退する踏ん張りの効かない道に、体力も精神力も無駄に奪われていった。歩いては休み、また少し歩いては休み、峠から山頂までの地図上参考区間タイム(以下、区間タイム)を5分オーバーして、ようやく登り切った頃には力尽きかけていた。

 山頂のすぐ隣には、スバリ岳が北アルプスらしい凶暴さで構え、眼下の黒部湖の向こうには2年前に登った立山と剱岳がまだ雪を湛えている。雲海の上には7年前に登った槍ヶ岳が鋭く天を突いていた。まだ9時30分だが、ここで昼食休憩を40分容れ、体力の恢復を図った。
 休んでも大して恢復しない。山頂から針ノ木峠まで下るのに区間タイムを5分オーバーし、そこから蓮華岳に登るのに更に10分オーバーした。針ノ木も蓮華も針ノ木小屋からの往復となるので、小屋に荷物を預けて軽装で登ってくる人も多く、それが賢明とは分かっていたが、それに倣うことはせず、アイゼンとピッケルを背負ったまま、修験者の苦行の如く登った。
 蓮華岳の登山道は勾配が緩く、針ノ木に比べて歩き易いが、その分距離が長く、ひとつピークを越えると次のピークが現れ、いつまで経っても頂上に辿り着けないもどかしさがある。軽い山よと多寡をくくっていたが、徐々に心身が蝕まれてゆく侮り難さがある。
 そんな中での唯一の救いは、一面砂利を敷き詰めたような不毛な登山道に咲く可憐な花、コマクサである。何の栄養分も水分もない砂礫に根を下ろす植物は他になく、時に暴風に曝される山の厳しさを耐え抜くにはあまりに華奢なその花の孤高さに、これが高山植物の女王なのかという寂寞(せきばく)感と侵し難い崇高さを以って、蝕まれた心身が浄化されていった。

 山頂では雷鳥の親子が出迎えてくれた。こちらが騒がなければ逃げずに近くまで寄ってくる。もはや何かの神の使いにしか思えない。無言の会話の後、やがてハイマツの中に隠れてしまったので、15分の休憩で山を下った。
 針ノ木峠までの下りで区間タイムを5分オーバーした。どうも今日は調子が芳しくない。前回はガスに巻かれた雪渓で遭難しかかったが、今回は別の要因で遭難に見舞われた。
 頭の後ろでブーンと蜂の羽音がしたと思った刹那、いきなり眼鏡の中に飛び込まれた。慌てて眼鏡を外したが、蜂もパニックになったのか、顔に止まったまま離れない。手で払い除けたが、一瞬の間に右目の下を刺されてしまった。
 体長3センチほどのあしっつるし(アシナガバチ)である。斥候蜂だとしたら、死亡フラグを立てられたかもしれない。一刻も早くこの場から逃げねば、じき押し寄せる増援部隊からなぶり殺しにされてしまう。痛みが徐々に激痛に変わってきた。

 しばらく走って逃げたが、どうやら討手は来ないようだった。立ち止まってリュックを下ろし、鏡を見ると目元に赤い刺し跡があった。ポイズンリムーバーで毒を吸い出し、ステロイド剤を塗った。痛みはあったが視力には支障なかった。
 やがて雪渓に達したのでアイゼンを装着し、ピッケル片手に雪渓を下った。
 緩い斜面から急な斜面へ落ち込むところで、上下の斜面を分断する亀裂が広がっていた。すぐ下の陥没穴の下には空洞が広がり、雪解け水が地下水脈となって轟々と流れていた。もはやどこが陥没してもおかしくない。雪渓の上を歩くのはかなり危険な状態だった。
 どうにか雪渓の端の厚みのあるところを選んで下ったが、針ノ木小屋のブログによると、この後間もなく大きく崩落し、通行止めになったと報じられていた。
 雪渓の終端部も大規模に崩れており、ここは右の山の法面に付けられた夏道に逃げざるを得なかった。途中で足が滑ってバランスを崩し、咄嗟に山側の右手が出た。そこには岩があり、不幸にも右手にはピッケルが握られたままだった。ピッケルを握った手で岩に向かって全力のパンチを打ったようなものだった。岩とピッケルの間に挟まった指を体重をかけて押しつぶす形になったため、拳が粉砕したかと思うほどの激痛に指が動かなくなり、ピッケルを握れなくなった。
 駐車場に着いたのが15時30分、地図上参考タイムを僅か30分だけ縮めた態たらくだった。やはり体力が落ちていることは否めない。熱中症に罹ったかのように意識が朦朧としていた。

 蜂に刺されたその後であるが、翌日は何事もなかったが、ふた晩目に異変が起こった。右目の周辺が腫れ上がり、目が開けられないほどになった。医者に行くと、アレルギー抑制剤(花粉症の内服薬)とステロイド外用薬をくれた。それで昼間は幾分引いたが、朝起きるとまた腫れていた。しばらく起きていると徐々に引いてくる。
 どうやら躰を横たえると腫れ、起こしていれば引く様だ。昼は王子、夜はカエルの呪いを掛けられた気分だった。内服薬を4日分もらったが、3日目には王子に戻った。実に恐ろしい呪いだった。
 それにしても、蜂に襲われたのが普通の登山道だったのは不幸中の幸いだった。これが身動きの取れない岩場だったらと思うとぞっとする。今後はそういう想定ができたわけで、まったく山の恐ろしさ、奥深さに改めて震撼した。
 右手は突き指のようで、何も治療していないので腫れ上がって長引いている。蜂の診察時に診てもらったところ、動かさずにいる以外ないというが、利き手なので大変不便である。湿布薬はすぐアレルギーが出るので、如何ともしがたい。自然治癒に任せるしかない。

●登山データ
2016年7月20日(水曜日)
扇沢駅駐車場(標高1,433M)→針ノ木岳山(標高2,821M)、標高差1,388M

扇沢駅駐車場(5時00分出発)→大沢小屋(6時00分)→針ノ木峠(8時25分)→針ノ木岳山頂(9時30分)登り所要時間:4時間30分
山頂滞在時間:40分
針ノ木岳山頂(10時10分)→針ノ木峠(10時45分)→蓮華岳(11時55分)所要時間:1時間45分
山頂滞在時間:15分
蓮華岳(12時10分)→針ノ木峠(12時55分)→(アクシデントあり、雪渓の入り口と出口で休憩:30分)→大沢小屋(14時45分)→扇沢駅駐車場(15時30分)、下り所要時間:3時間20分
全行程:10時間30分

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