Practice Makes Perfect/般若山・釜ノ沢五峰
一枚岩から成る般若山

秩父札所32番・法性寺が出発点
山門の修繕費として千円寄付して仁王の手形を入手
登山者は花の整備費として三百円を寄付
秋海棠(しゅうかいどう)の咲く観音堂
観音堂の裏の岩盤には、ハニカム状に浸食されたタフォニを見ることができる
岩の間をくぐって奥ノ院へ
スラブに切ってあるステップを渡って行く
龍虎岩
龍虎岩のタフォニ
砂岩のスラブに階段が彫られている
タフォニの岩庇の下に石仏が並ぶ
船体をひっくり返したような岩の舳先に観音様が立っている
航海の安全を願う船首像然の観音様 純子、桂子、岩肌に彫られた落書き
般若山の断崖の稜線を行く 船体から艦橋の様に突き出た岩塔・奥ノ院
鎖にすがって艦橋に登る 艦長の如く鎮座する大日如来
亀ヶ岳展望台 長若山荘の裏手に下山して般若山終了
引き続き釜ノ沢五峰に登る。まずは一の峰 一の峰の次は何故か三ノ峰の標石が建っているが、よく見ると『三』の真ん中をモルタル埋めした痕跡があり、どうやらここが二ノ峰のようだ
三ノ峰の次がまた三ノ峰と混乱するが、こちらが真正の三ノ峰。崖っぷちの好展望 四ノ峰
五ノ峰 中ノ沢分岐
む?おかしい…道を間違えたか? 道標はあるが明らかに道を間違えてるっぽい
道標はあるが…、これは違うだろう… 腐れ潰れた小屋…
朽ちた橋…渡った瞬間に崩壊しそうだ… どうにか渡り切ったが、崩落しなかったのは偶然に過ぎない。遭難を未然に防ぐには渡るべきではなかったと反省

随所で倒木が道を塞いでいる
倒木を払い除けると林道に出た
兎岩を見逃してしまったのでここから登る
兎岩の往復のみで竜神山は割愛

般若山・釜ノ沢五峰

2015年9月30日(水曜日)

 山登りへの情熱が急速に失われつつある。
 元々スキーのオフトレとして始めた夏山登山だが、苦しい中にも不可思議な昂揚感と適応性を見出し、調子に乗って北アルプスや南アルプスまで登ってみたものの、九年目の今年、仕事の疲れとも相まってか急速にモチベーションが失われている。いわゆるスランプである。
 対策としては、とにかくやりまくるとか、敢えてきっぱりやめるとか言われているが、畢竟(ひっきょう)己で打開する以外にない。
 しかしもはや私も若くはない。やめて齢(とし)を取れば体力は衰え、気力が萎えれば高山には登れまい。登り残した心残りの山とてないが、夏季の運動不足解消のためにも、また来年アルプスに復帰する道筋を断ち切らないためにも、どのような形にせよ山登りを継続して行きたい。

 いつの間にか前回の登山から2ヶ月のブランクを作ってしまい、気が付けば既に10月である。天候の安定期に入り、例年なら12時間強行登山を実行しているところだが、今年は是非もない。
 遠征登山ともなれば夜中の1時に家を出ねばならず、心身共に負担が大きい。中途半端な状態では決して成功しないどころか事故をも起こしかねない。
 そこで折衷案として、朝までゆっくりと眠り、地元秩父の低山で無聊(ぶりょう)の慰めにと札所巡りを思い付いた。

 秩父のこれといった山は一通り登った感があるが、まだ低山は残っている。秩父札所巡りの中でも、31番、32番、34番は登山地図やガイドブックにも紹介されている低山ハイキングコースである。この辺りを歩くのは10年先のことよと思っていたが、意外に早く訪れた機会に戸惑いつつも、現状では分相応のことよと、薄く嗤(わら)って出かけることにした。

 とりあえず札所32番法性寺(ほうしょうじ)を訪れた。
 寺の少し下の駐車場にクルマを止める。朝早いせいか参拝客は誰もいないが、小学生の列が登校してゆく横でひとり山支度するのは、何気に気まずく、阿呆になった気分にもさせられる。
 山門には仁王像が立っており、傍らに仁王の手形と書かれた箱が置かれていた。山門の修繕費として千円寄付してくれれば仁王の手形を持ち帰っていいとある。これは珍品である。駐車料金代わりに千円を納めた。
 この寺の裏山が一枚岩からできている般若山だが、エアーズロックとまで言わないものの、期待していたような岩の塊はまったく視界に入らない。境内奥の砂岩のスラブに切られたステップや階段を見て、ようやくその片鱗に触れられる程度である。
 般若山はお船とも呼ばれ、船体を逆さにひっくり返したような山容をしており、逆さになった舳先は、境内の観音堂の上に屋根のように覆いかぶさっている。見上げれば天蓋一面ハニカム状の浸食が見られ、境内奥の龍虎岩でも、このタフォニという異様な浸食を見ることができる。

 本堂前に境内の花の整備費として三百円寄付してくださいと書かれている。ちょうどその整備している秋海棠(しゅうかいどう)の開花期とあって、淡いピンクの花が境内いっぱいに咲いていたので見物料として納める。本堂で安全祈願をすると、目の前に木彫りの小さな観音像が並べられていて、どうしても叶えたい願いがあるなら二千円納めて願いを紙に書いて木像に入れるよう書かれている。ここまで来ると流石に鼻白む。ドラゴンボールの効果が期待できるのだろうか。ギャルのパンティおくれとでも書けばいいのだろうか。これはスルーした。

 石の階段を昇り、突き当りを右に行くと突如樹々がなくなり視界が開け、お船が姿を現す。モルタルを吹き付けたような一枚岩は特に凹凸もなくのっぺりとしていて、ミニチュアのエアーズロックを彷彿させないでもない。船岩の舳先には観音様が立っており、さながら航海の安全を願う船首像の女神を模してるふうでもある。
 足許を見ると岩肌にたくさんの落書きが彫られている。岩質が柔らかいので、スプーンなどの金属器で容易く削れてしまうため、子供の遠足か何かで傷つけられたものだろうか。ただの落書きでも、これが坂東平氏某とでもあれば史跡になるだろうが、そう考えると一概に怪しからんとも言えなくもない気もしてくる。
 観音様に別れを告げ、下までの落差が30メートルほどありそうな舷側を歩いて行くと、艦橋の様な岩が表れる。見上げると岩肌にはステップが切られ、鎖が垂れ下がっている。これが奥ノ院で、岩の上には大日如来が艦長の如く鎮座している。
 船首像と言い、艦橋にいる艦長と言い、穿って見るとなかなか作為的である。
 奥ノ院を過ぎると樹木が多くなるが、ところどころに露岩があり、まだ岩山が続いていることを窺わせる。途中、高圧鉄塔のところで道を間違え、尾根に続く赤テープに誘導されてしまったが、ここは高圧鉄塔をくぐるのが正解で、やや分かりにくい。
 長若山荘の裏手に降りるとそれで般若山コースは終了する。

 長若山荘の裏山に釜ノ沢五峰という私設ハイキングコースがある。
 このコースは長若山荘のご主人が一人で整備したとされるハイキングコースで、つまり個人所有の山ということになるが、これをご厚意で一般ハイカーに開放されている。登山道入り口には、
『コースには不備もあるが、山歩きを楽しんでください』という旨の看板が出ているので、厚意に謝して登ってみる。
 一峰から五峰まで連続する小さな岩峰には適度な鎖場もあり、なかなか展望も好く、それぞれの山頂には石碑が立っていて山歩きを飽きさせない工夫が感じられる。最後には兎岩という露岩があるが、手持ちの地図には記載されておらず、尾根の分岐にも特に標識がなかったため迂闊にもこれを見ないまま尾根から降りてしまった。初級ハイキングコースと侮り過ぎたか。
 異変にはすぐ気が付いた。道には草木が生い茂り、ところどころ倒木が道を塞ぎ既に森に還ろうとしていた。所々にある朽ちた標識が、ここが且つては登山道だったことを示しており、地図と照らし合わせて、中ノ沢に至るコースであることが呑み込めた。この道は林道に降りるだけで兎岩には行けないが、このまま廃道を行くことに興味が湧いた。胸の内に何かが込み上げてきた。
『畏れ』である。
 この『畏れ』こそが山に惹かれる本質であり、まさかここで出逢えるとは思っていなかったので、それに惹かれるまま道を下ることにした。

 朽ちて傾いた丸太橋があり、乗ったら崩壊しそうだった。しばらく観察したが、大丈夫かどうかは見切れなかった。傾いているということは肝心の支柱が折れているということで、強度は無いとみていい。丸太の表面は苔むしていて滑りやすい。これを渡れる根拠は何一つ見出せなかった。
 ただ、橋の高さは2メートルほどだった。喩え途中で折れて転落しても2メートルなら自分としては許容範囲内だった。そこでここは敢えてデータ収集することにした。この経験が後に役立つ時が来るかもしれない。
 とりあえず一歩を踏み出す。いつバキッと行くかわからない。一か八かである。遭難とはこうして起きるものかもしれない。結局は根拠不確定のまま、限界の跳躍に迫られる場面はあるのだ。遭難を確実に回避するには尾根に引き返すか、別の渡渉場所を探すべきで、私もこれ以上高かったら渡らなかっただろう。

 橋は折れることなく渡りきれた。渡る前は折れるだろうと見積もっていたところ、足裏感覚としては木にまだ意外な粘りが残っており、森へ還そうという力の前に朽ちかけている状態ながら、やってきたハイカーをなんとか渡らせてやろうという、最期まで役目を全うするしぶとさを教えられた気がした。
 渡りきった先も倒木が蔽いかぶさり、道がわからず、畏れはしばらく続くものと思ったが、倒木を押し除けると突如目の前に車道が現れ、唐突に畏れは消え去った。後は車道を法性寺まで戻るだけである。
 途中に兎岩への登山口の看板があった。せっかく来て、見ないで帰るのも癪なので、登って兎岩を往復した。

●登山データ
2015年9月30日(水曜日)
法性寺駐車場(標高273M)→中ノ沢ノ頭(標高590M)、標高差317M

法性寺駐車場(7時23分出発)→岩舟観音(8時02分)→奥ノ院(8時21分)→亀ヶ岳展望台(9時02分)雨乞岩洞窟(9時11分)→長若山荘(9時17分)→一峰(9時38分)→二峰(9時44分)→三峰(9時52分)→四峰(10時02分)→五峰(10時11分)→モミの巨木(10時34分)→中ノ沢・文殊峠分岐(中ノ沢ノ頭?/10時39分)→長若金精神社登山口(11時10分)→兎岩登山口(11時18分)→兎岩(11時29分)→兎岩登山口(11時44分)→長若山荘(11時58分)→法性寺駐車場(12時14分)
全行程:4時間51分

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