Practice Makes Perfect/北横岳・縞枯山・三ッ岳(麦草峠〜北八ヶ岳縦走)
麦草峠に佇む麦草ヒュッテで登山届を提出し、登山開始
標高2,127Mの麦草峠。今日の山登りの標高差はあまりないが、アップダウンの連続となる
大石峠
濡れた石の登山道は意外な歩き難さで侮れない
中小場から茶臼山を臨む
茶臼山の登山道は意外に急だ
茶臼山山頂。何の展望もない 茶臼山展望台(標高2,384M)
眼前に縞枯山、その奥に北横岳と蓼科山 八ヶ岳主脈、南アルプス、中央アルプスの展望
縞枯れ現象の登山道を往く
縞枯山展望台
縞枯山展望台から茶臼山を臨む 縞枯れの稜線を往く
縞枯山山頂(標高2,403M)。展望なし
雨池峠から縞枯山を振り返る
歩き難い雨池山への登り
雨池山山頂(標高2,325M)。展望なし
三ッ岳T峰
三ッ岳は3つの岩山から成る
鎖場もある
三ッ岳U峰
三ッ岳V峰
三ッ岳V峰から北横岳を臨む
三ッ岳V峰を振り返る
北横岳ヒュッテ
北横岳南峰(標高2,472M)
北横岳北峰(標高2,480M)
北横岳ヒュッテ直下にある七ッ池
坪庭。遊歩道は時計回りの一方通行で、ロープウェイでやってきた大勢の観光客で賑わう
ロープウェイ山頂駅
山頂駅から麦草峠へ向かう
五辻
本日の核心部分にも思えてくる原生林歩き

オトギリ平
コケモモの庭

北横岳・縞枯山・三ッ岳(麦草峠〜北八ヶ岳縦走)

2015年8月5日(水曜日)

 躰(からだ)に異変が生じていた。
 50センチほどの大きさの濡れた石の上を一歩登るごとに上体がふらつき、前方にバランスを崩すのならまだしも、登り切る前に後ろにバランスを崩して一歩後退するという事象に見舞われていた。これではロスになるばかりか、無防備な後方転倒にも繋がりかねない。この不安定さは今までないことであり、いよいよ中高年登山者遭難に赤信号が灯ったかと愕然とした。
 このところ40℃に迫る連日の猛暑とゲリラ豪雨に見舞われ、昼夜の長時間労働が続き、前回の登山からのブランクは2ヶ月にも及んでいる。前夜5時間の睡眠をとったとはいえ、体調は必ずしも万全ではなかった。

 北八ヶ岳は国道としては二番目の高所となる299号線・麦草峠(標高2,127M)が稜線を穿っており、ここから北横岳(標高2,480M)まで、茶臼岳、縞枯山、雨池山、三ッ岳と、緩やかな稜線が続いている。今日はこのルートを歩くつもりなのだが、ゴールである北横岳にはピラタス蓼科スキー場のロープウェイが通年運行しているため、労せずして軽装の観光客がいち早く山頂を占拠している様子がありありと浮かび、登山対象として魅力的とは言い難い。

 麦草峠には30台ほど置ける登山者用の駐車場が整備されている。すぐ近くの麦草ヒュッテに登山届を提出し、まずは茶臼山を目指す。スタートから標高2,000メートルを超える稜線歩きなだけに、小学生の遠足程度の山歩きだろうと多寡をくくっていたところ、50センチほどの大きさの石が階段状に並べられ、石が濡れていることもあってバランスを取るのが意外に難しい。
 最初それほどでもなかった勾配が俄かにきつくなり、意外な登り応えに狼狽する。何とか50分で茶臼山山頂に着いたが、辺りは樹木に囲まれ何の展望も得られなかった。
『展望台』の標識に従って山頂から左に4分ほど歩くと、ここからの眺めは好く、休憩するスペースも広くて、こちらの方がより山頂らしい。すぐ目に付くのが八ヶ岳主脈で、赤岳と阿弥陀岳の前に北八ヶ岳の盟友・天狗岳が臨める。その右奥には南アルプスから中央アルプスが広がり、振り返れば、これから向かう縞枯山が眉に迫り、その後ろには北横岳と蓼科山が折り重なっている。北横岳まで稜線を行き、帰りは巻道で戻る。眼下の森に緑地公園の様な広場を俯瞰でき、帰りの道筋が見て取れる。その先には国道299号線が茅野方面に向かって下っている。

 縞枯山は文字通り縞枯れ現象の顕著な山で、地味ながらも著名である。しかし山頂は樹木に囲まれた、標柱があるだけの非常に地味なもので、ともすれば見落としかねない。山頂を右に曲がると、今までのなだらかな稜線と打って変わった意外な急勾配の下りとなり、その後の登り返しを思うといささか憂鬱にもさせられる。
 そろそろロープウェイの第一便が山頂駅へ着く頃である。それを思うと更に憂鬱になるが、こちらは最短ルートを採らずに雨池山と三ッ岳を経由して登る予定なので、粛々とそれを遂行する。
 雨池山は展望台も含めて山というよりも単なる丘陵の通過点に過ぎないが、三ッ岳は本日のルート中唯一の岩稜地帯であり、鎖場もあったりで今回の退屈な登山に多少の抑揚を与えてくれる。
 三ッ岳は文字通り三つの岩峰からなっており、T峰、U峰、V峰がそれぞれ10分ほどのスパンで連絡している。三ッ岳を攻略すれば後は北横岳まで間を遮るものはない。ロープウェイ山頂駅からぞろぞろと大勢の観光客が吐き出され、遊歩道に蟻のように列を成しているのが眼下に睥睨(へいげい)できた。

 北横岳の正式名称は横岳である。
 南八ヶ岳にも横岳があり、それと区別するため通称北横岳となっているが、もはやそれが正式名称の様に扱われている。山頂は南峰と北峰のふたつに分かれ、北峰の方が若干高い。双方それほど離れておらず、両方とも山頂は広く、案の定既に大勢の観光客に占拠されていた。
 老人の団体客が山頂の石碑の前を占拠して記念写真を撮っていた。それは問題ないが、終わっても座り込んだままなかなかどかないのは問題だった。登ってきた人は一様に登頂の証拠写真を撮りたいと思うのは人情であえる。常識的には写真を撮ったら速やかに待っている人に譲るべきだが、団塊の世代というのは気配りの感覚そのものが欠落しているのか、自分さえよければいいのか、そうした配慮は見られず、いつまでも占拠し続けていた。場所取りは早い者勝ちだ、そんなの当然だろう、後から来て何言ってやがる、だったら早く来ればいいじゃないか、とでも思っているのかもしれない。注意した方がいいかとも思ったが、この世代の連中はプライドだけは高く、年下から注意されると途端に逆ギレして面倒なので、ありのままの状態でカメラを向けることにした。そうした報道写真をSNSにアップされても仕方がないだろう。
 登る前からわかっていたことだが、こういう状況の山頂には何の未練もない。南峰まで引き返し、端の方で弁当を食べ、食べ終わるとすぐに下山に移った。

 ロープウェイ山頂の周辺は『坪庭』という観光地になっており、麦草峠に戻る登山道を観光遊歩道が扼(やく)している。熔岩地帯を穿った遊歩道に観光客がひしめき、道幅いっぱいに広がって団体でノロノロ歩いているのには、ここを一緒に歩かされる登山者は閉口する以外にない。遊歩道は一方通行であり、観光客は後ろから追い抜きたい登山者がいることなぞ想像すら及ばない。ここは観光地であり、それは重々承知の上なので、私も山頂駅に立ち寄ってコケモモアイスでも食べてのんびり観光する予定だったのだが、この冬スキーで訪れた際とは比較にならない雑踏ぶりにこれを諦めた。駅前から麦草峠方面へのハイキングコースに脱し、逃げるようにこの場から立ち去った。

 縞枯山を左手に見つつ、よく整備された木道をゆく。五辻を過ぎるとそれまでの歩きやすかった平滑路も終わり、例の原生林の50センチの石畳に変わる。勾配はほとんどないが、丸い石の上を歩くのは思いの外難しく、少しでもスイートスポットを外そうものなら靴の中で足が前方にずれて、足の親指が圧迫され、爪が剥がれそうな激痛を覚える。出逢いの辻からの道は更にひどくなる。歩き難さは誰しも同じなのか、石畳の登山道を避けるように踏み跡が右に左に交錯し、本来の石畳の登山道は苔にまみれて森に没しかけていた。オトギリ平までの僅かの距離が果てしもなく長く感じられた。
 地図からは単なる巻道のハイキングコース程度に思っていたが、歩く人もロクにいない意外な埋もれたマイナーコースであることがわかってきた。人ひとりにも逢わない原生林の孤独と不安に包まれた山歩きに、これが本日の核心部分にも感じられた。

 オトギリ平は真っ直ぐ行く道と右折する道の交叉路である。予定通り真っ直ぐ進めば大石峠を経由して麦草ヒュッテに戻れるが、もうこれ以上この石畳を歩くのは御免だった。両足とも親指の爪が剥がれかけて悲鳴をあげていた。一刻も早く舗装された国道に出たかったので、地図を見て交叉路を右折した。右折すればすぐに国道に出るはずだったが、こちらも相変わらずの石畳だった。
 地図では国道まで大した距離はないはずだが、何故か地図には載っていない『コケモモの庭』という岩石地帯に出た。
 見渡す限り一面の石畳地獄が広がっていた。
 異世界に迷い込んだ不思議の国のアリスになった気分で、眼には狂気の光が浮かんでいた。

●登山データ
2015年8月5日(水曜日)
麦草峠駐車場(標高2,127M)→北横岳(標高2,480M)、標高差353M

麦草峠駐車場(7時00分出発)→大石峠(7時15分)→茶臼山(7時50分)→茶臼山展望台(7時54分/休憩:12分)→縞枯山展望台(8時28分)→縞枯山(8時41分)→雨池峠(8時55分)→雨池山(9時09分)→三ッ岳T峰(9時35分)→三ッ岳U峰(9時47分)→三ッ岳V峰(9時57分)→北横岳ヒュッテ(10時28分)→北横岳山頂(10時43分)、登り所要時間:3時間43分
山頂滞在時間:26分
北横岳山頂(11時09分)→七ッ池(11時27分)→ロープウェイ山頂駅(12時00分)→五辻(12時18分)→出逢いの辻(12時39分)→オトギリ平(12時55分)→コケモモの庭(13時02分)→麦草峠駐車場(13時13分)、下り所要時間:2時間04分
全行程:6時間13分

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