Practice Makes Perfect/至仏山
至仏山に咲くホソバヒナウスユキソウ(絶滅危惧U類)。エーデルワイスの近縁種。

鳩待峠(標高1,591M)
まずは尾瀬ヶ原・山ノ鼻へ降下する
山ノ鼻に建つ至仏山荘
山ノ鼻(標高1,400M)
至仏山目指して木道を行く
至仏山登山口
意外にも急登の連続。蒸し暑くて非常に辛い登り 蛇紋岩は滑りやすい。四つん這いで登る
森林限界を突破すると涼しくなってきた。
尾瀬ヶ原と燧ヶ岳を臨む
ヨツバシオガマとホソバヒナウスユキソウの群落
仏に至る階段 山頂までもう一息

至仏山山頂(標高2,228M)
小至仏山を経て稜線伝いに鳩待峠に戻る
小至仏山山頂(標高2,162M)

至仏山(しぶつさん/山ノ鼻登山口)

2012年7月17日(火曜日)

 エーデルワイス。
 ヨーロッパ・アルプスの代表的な高山植物である。ゴルフ場やスキー場の名前にも使われているので名前は広く知られているが、それを見たことがある人は少ないだろう。
 日本においてはウスユキソウ類がそれに近い種だとされており、尾瀬の至仏山と谷川岳の蛇紋岩地帯にのみ生息するホソバヒナウスユキソウは関東圏での代表種である。
 今回はわざわざそれを見に至仏山に登ったわけで、もはやスキーのオフトレでも何でもない、我ながらの酔狂さにもはや自嘲するしかなかった。

 朝5時少し過ぎに戸倉の駐車場に到着した。戸倉スキー場への入り口にあたり、立ち寄り温泉施設ぷらり館がある。ぷらり館の前を右折すると、普通車で料金千円の第一駐車場がある。
 至仏山の登山口となる鳩待峠へは一般車両規制が布かれているため、ハイカーは戸倉からバスかタクシーに乗り換えねばならない。運賃はどちらも同じ片道900円である。
 次のバスの発車時刻まで一時間半ほどあるが、乗り合いタクシーなら人数さえ集まれば適宜運行される。10分ほど待たされただけで出発となり、鳩待峠に着いたのが6時だった。

 至仏山(標高2,228M)のピークハントのみが目的ならば、標高1,591メートルの鳩待峠から尾根伝いに行くのが一般的である。しかし今回は思うところあって、一旦尾瀬ヶ原の西端、山ノ鼻(標高1,400M)まで降下して、そこから山頂へ登りあげるルートを選択した。
 至仏山にはふたつの重要なルールがあり、登るなら予め知っておかねばならない。まず、5月連休明けから6月末までの残雪期は、植生保護の目的から入山禁止である。
 もうひとつは、山ノ鼻から山頂までの登山道は上り専用だということである。これは急勾配の濡れた蛇紋岩が非常に滑りやすいことによる安全面からの配慮ということになっているが、つまりは山ノ鼻登山道で見られるホソバヒナウスユキソウの群落に訪れるには、山ノ鼻から登らねばならないということである。

 そうはいっても、山頂まで遠回りとなるこのルートをわざわざ選ぶのは、相当の物好きしかいないだろうと思っていたところ、意外に多くの人がここを登るのには少なからず瞠目(どうもく)した。
 この日は関東の梅雨明け宣言が出されたが、熊谷や館林ではここ連日38℃くらいの猛暑日が続いており、この日も気温の上昇と午後の雷雨が予報されていた。2ヶ月ほど前にこの尾瀬で落雷による死傷事故が起こっている。この時期は正午には登山を終わらせたい。
 山ノ鼻登山道は、至仏山の穏やかな山容からは想像もつかないほどの意外な急登の連続だった。
 抑揚のない一定の急勾配が延々と続き、意外な人出の中にあっては、どこで先行者を抜かすかの駆け引きが難しかった。高温多湿の中での消耗戦では、抜かした直後に失速に陥る惧れが高く、抜かし返される危険があった。これは狭い登山道にあっては非常にウザいことであり、これだけはやりたくなかった。汗まみれの他人の体臭など嗅ぎたくもない。抜くなら一瞬で抜いて、さっさと行ってくれ。そんなのもに纏わり付かれるのは迷惑行為以外の何ものでもないのである。
 しかし辛いのは皆一緒である。40人ほどを抜かし、抜かし返されることはついになかった。

 森林限界を突破すると、それまでの蒸し暑さが嘘のようになくなり、さわやかな微風の薫る階段の登山道となった。周辺に広がるお花畑はそれまでの疲労を忘れさせた。ヨツバシオガマとホソバヒナウスユキソウの群落が迎えてくれた。
 蛇紋岩は乾いていても結構滑る。錆びたように赤茶けた岩肌の、皆が歩くとこだけが不気味に黒光りしている。急勾配の滑り台のようであり、これが濡れたら確かに下るのは困難だろうと思われた。
 急勾配で滑りやすいので、先行者は皆、四つん這いで登っている。それを下から見上げると如何にも間抜けである。まるで仏陀に救済を求めて蜘蛛の糸を登る地獄の亡者のようだった。そんなに救われたいのか。落ちぶれてもああはなりたくないと思った。しかしここを登るにはそうする以外になかった。

 山頂に着いたのが9時前である。登山開始から2時間50分後だった。
 仏に至った筈の山頂には既に大勢の人がおり、喫煙者までいた。辺り一帯の清浄さが反吐の出る臭気で穢されていた。鳩待峠から最短距離の尾根伝いに来た百名山ハンターの連中だろうが、すっかり台無しにされた気分だった。隅の方で軽く休憩をとって下山に移った。

 鳩山峠へと続く尾根道を降りると、下から大勢のピークハンターが次から次に登ってくる。彼らは一様に疲労しており、そのためかどうか、山の上から降りて来る私が修験僧にでも見えるのか、
「至仏山から降りて来たのですか?」
「山頂まであとどれくらいですか?」
 という無意味の質問をした。
「まだ、だいぶ掛かるんじゃないですか?」
 と返す以外なかった。彼らは一様に失望した。
 厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)の道程は遥か、である。
ギンリョウソウ ニッコウキスゲ ケナツノタムラソウ
エンレイソウ ゴゼンタチバナ ダイモンジソウ
イワシモツケ マイズルソウ コメツツジ
ベニサラサドウダン イワイチョウ ジョウシュウアズマギク
ヨツバシオガマ ハクサンコザクラ オゼソウ
チングルマ(至仏山) チングルマ(山ノ鼻) キンコウカ

●登山データ
2012年7月17日(火曜日)
鳩待峠(標高1,591M)→山ノ鼻(標高1,409M)→至仏山(標高2,228M)、山ノ鼻からの標高差819M

鳩待峠(6時05分出発)→山ノ鼻(6時40分)→至仏山山頂(8時55分)、登り所要時間:2時間50分
山頂滞在時間:25分
至仏山山頂(9時20分)→小至仏山(9時50分)→笠ヶ岳分岐(10時10分)→鳩待峠(11時05分)、下り所要時間:1時間45分
全行程:5時間00分

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