Practice Makes Perfect/高岩
高岩・雌岳P2頂上から雄岳を臨む 高岩・雄岳頂上から上信道を見下ろす

碓井軽井沢インター前のおぎのや駐車場から臨む高岩。左が雌岳、右が雄岳
駐車場はない。今回は周遊ルートなので、インター周辺の適当な路肩に停める
恩賀集落を行く
登山道入り口
ペンキマークに導かれてガレ場を登る
鞍部から雄岳へ向かう
約30Mチムニーの鎖場 雄岳(標高1,084M)頂上へ到着
雄岳山頂から雌岳を臨む。左端に飛び出たのがP2 鞍部から雌岳へ向かう
雌岳の3つのピークの内、最高難度のP2。ヤセ尾根を渡り正面の壁を真っ直ぐによじ登る 幅50cm、長さ3Mのヤセ尾根。左右は垂直に切れ落ちた断崖だ

P2には鎖はなく、ボルトが打ち込まれている。
登攀用具なしで登ったら恐怖で降りられなくなる
P2頂上には避雷針状の金属棒が突き立っている
P2頂上から見たP3
P3。こちらは難なく登れる
P3頂上から臨むP2。垂直壁と手前のナイフリッジが見て取れる
碓井軽井沢インター
P3を下山すると現れるルンゼ
緊急待避所付近の車道に出る

高岩(単独岩壁登攀)

2011年10月28日(金曜日)

 この10月上旬に、長野県の戸隠神社に行く機会があった。戸隠奥社に参拝したり、西行桜を見たり、鏡池に映える戸隠山を眺めたりした。
 スキーのオフトレとして始めた夏山登山だが、地元秩父以外では八ヶ岳や谷川連峰を登るのがせいぜいの日帰り範囲であり、北アルプスや南アルプスとなると、睡眠時間のほとんど取れない強行登山になる。北信や妙高といったエリアは、スキーに行くにも日帰りでは遠く、稀にしか訪れていないため、オフトレの登山に行くなど思い付きもしないことだった。
 ふとした機会で戸隠山に興味を持ち、地図を買ったりネットで調べたりするうち、なかなか面白そうな山だと思うようになった。特に戸隠山から西岳へかけての岩稜ルートは、妙義山に匹敵する困難さとかで、それは是非とも行かねばならないと思った。
 今年は暖冬傾向とはいえ、既に10月下旬である。陽(ひ)は短くなり、長野の山はいつ雪が降ってもおかしくない。如何せん危険な岩山に行くには準備不足過ぎた。岩山から久しく遠ざかっているばかりか、登山そのものが思うように行えておらず、体調は万全とは言い難い。結局今シーズンの戸隠は断念した。

 現状どれくらい登れるのか、岩山の試験登山をすることにした。
 岩登り・鎖登りは、腕力・握力の持続力にかかっており、通常の登山とはまるで違う。ひとつ間違えば即死するとあって精神的負担が大きい。妙義山の時は登山初年度とあって、無智無謀にも何の登攀用具もなしに登ってしまったが、この時ほど山を怖ろしいと思ったことはなかった。
 それはそれで意義のあることなのだが、今回は最低限の登攀用具を揃え、それらの操作習得をも兼ねて、碓井軽井沢インターそばの高岩(たかいわ)を訪れた。

 上信道を走っていると、軽井沢インター付近で嫌でも目に入るふたつの直立岩峰がある。雄岳と雌岳から成る高岩である。
 高岩の標高は地図には記載されていないが、群馬県のホームページには、ぐんま百名山の一座として1,084メートルと紹介されている。
 インターを降り、駐車スペースを探す。
 インター周辺の駐車場は、すべて釜飯のおぎのやの駐車場であり、これに無断で置くわけには行かない。登山口のある恩賀集落を一周してみるが、やはり駐車場はない。しばらくインター周辺をグルグル走り回ったが、結局戻ってインター近くの広い路肩に駐車した。
 今回は高岩のふたつの岩峰を登った後、そのまま稜線を縦走して反対側から降りてくる周遊コースである。コース内のどこに駐車しても歩く距離は変わらない。無用に恩賀集落の狭い道に路駐することは遠慮した。

 ハーネス(登攀用ベルト)を着け、8時50分に登山開始。集落を抜けて登山道に入った。
 道は比較的明瞭で、30分ほどで雄岳と雌岳の稜線鞍部のT字路に到着した。標識はないが、左に行けば雌岳、右に行けば雄岳である。まずは雄岳に向かう。
 すぐに雄岳の断崖に突き当たり、道は再びT字路になる。ここにも標識はなく、左の道は5メートル程で行き止まりとなる。頂上へ行くルートは右で、ちょっとした濡れた岩の窪みを越えると山頂直下の鎖場に着く。
 妙義山や両神山では怒濤の鎖ラッシュだったが、雄岳の鎖場はこれ一箇所である。高さ約30メートル、角度は垂直に近い。ふたつの巨岩に挟まれた恰好で、狭い隙間に鎖が垂れ下がっている。このような形状は、煙突を意味するチムニーと呼ばれる。

 鎖をつかんで登ってみると、まるで煙突の中を登るように狭く、背中のリュックが引っかかる。岩にしがみつくような恰好になってしまい非常に登りにくい。
 久々の腕力登山は意外に大変で、予想以上の体の衰えに焦りを感じた。これではとても戸隠どころではない。この山を登れるかすら微妙である。
 しかし、物事にはコツというものがある。それをすっかり忘れていたことに思いついた。
 両手で鎖にぶら下がって登るのは無駄に疲労を早めるだけである。ここは岩のホールドもいいので、片手で鎖、もう片方は岩をつかんで登った方が合理的で疲れない。
 雄岳山頂に到着したのが出発から50分後だった。

 山頂は狭い。切り立った足許には上信道が遥か下で、見ていても何か胸が落ち着かない。滞在時間10分足らずで降りることにした。
 下山にはロープを試すことにした。
 リュックからロープとビレイデバイスを取り出しハーネスにセットする。鎖を取り付けてあるアンカーにロープを通し、ビレイデバイスをくぐらせれば懸垂下降の準備は完了だ。
 持参したロープは20メートルなので、折り返しで使って10メートル降りられる。このチムニーの全高は30メートルだが、設置されている鎖は10メートルの三段構成なので、10メートルごとにアンカーが打ってある。ロープを途中で二度かけ直せば降りきれる。

 懸垂下降にはビレイヤー(命綱を握ってくれる補助者)が不可欠であり、つまりロッククライミングは一人では出来ないカテゴリーのような印象を持っていたが、実際にやってみると自己ビレイでも特に問題はなかった。
 まだハーケン(岩釘)は未購入なので、先達の残してくれたボルトだけが頼りだが、ロープを使って岩を降りると、するすると何の労もなく降りられた。不思議な感覚だった。
 な、何だこれは?
 岩壁は本来、登るより降りるほうが難しい。ところがロープによる懸垂下降は、これを新たなアクティビティに変えてしまった。重力を味方に下りを楽しむという点でスキーに似ており、スキーヤーたる私にとって面白くないはずがなかった。
 一方で、私が持っている登山という固定観念の中にあっては、これは邪道とも思えた。これほどあっけない手段が、そもそも登山なのだろうか?
 下りで難儀する一般登山者を嘲笑うかのような優越感にも浸れるこれは、金で労力を買うような、何かずるい、明らかに別なカテゴリーという気がしてならない。
 しかし面白さを素直に喜べない一方で、口辺に浮かび上がる薄ら笑いだけは、もはやどうにもならなかった。

 雄岳から一旦鞍部まで下り、今度は雌岳に向かう。
 雌岳は三つのピークから成っており、鞍部から順に、P1、P2、P3と言うらしい。その中で最も突出したのがP2である。
 鞍部から最初に崖を登ったあたりがP1だが、あまり意識していなかったこともあり、うっかり素通りしてしまった。P2も主稜線から外れており、そのまま尾根を真っ直ぐ歩いて行くと、最後のP3に行き着いてしまう。
 P2は雄岳をも凌ぐ、高岩の最高難度のピークである。登攀用具を持参したのはこれを攻略するためで、これは素通りできない。

 まずP2の取り付き点に行くのに、幅50センチ、長さ3メートルの廊下状のヤセ尾根を渡らねばならない。ナイフリッジ(刃の上を歩くような狭い尾根)というには幅広だが、両側の落ち込みには高度感があるので注意しなければならない。この廊下を渡り終えると、垂直に近い5メートル程の壁が立ちはだかる。
 この垂直壁には鎖が施されていない。代わりにピカピカのボルトが50センチほどの間隔で数本打ち込まれている。
 それだけである。
 つまり、登攀用具を持たない登山者はまず登れないといって良い。登れないこともないが、登ったが最期、おそらく降りられなくなるだろう。岩壁は登るよりも降りる方が墜落の恐怖を強く感じる。登攀の高さこそ短いが、失敗した時のリスクを思うとしばらく逡巡した。これを登るには、妙義山の鷹戻し以上の覚悟が必要になる。これには登らないほうがいいと、頭の中で警鐘が鳴っていた。
 崖を見続けた。目で見て、登れると見切れないうちは登るべきではない。
 だが見切れなかった。
 やめた方がいいと思ったが、とりあえず様子を見ながら登るという肚(はら)を決めた。一旦廊下を戻り、尾根にリュックを置き捨てにし、身軽になってから壁に手を掛けた。

 ヌンチャクという登攀用具がある。
 スリング(紐)の両端にカラビナ(ナス環)が着いた形状がヌンチャクを連想させることから、そう呼ばれているらしいが、正式にはクイックドローという。これを最初のボルトに引っ掛け、そのカラビナにロープを通せば、とりあえず墜落死という恐怖からは解放された。少し登れるという気になった。
 しかし生憎、私はこれをひとつしか持っていなかった。一旦外してひとつ上のボルトに架け替えない限り、これ以上は登れない。さてどうしようか。

 ロープを緩めつつ、次のボルトのところまでよじ登る。左手で岩を確保し、右手で腰の位置に下がったヌンチャクを外す。この時は無論、まったくのフリー状態であり、手が滑れば墜落死する。
 ひとつ上のボルトにヌンチャクを懸ける。これで墜落の心配はなくなった。実にひどい登り方である。
 これを5回ほど繰り返すと、岩の傾斜は緩くなった。最後にはごついプレートがボルト打ちされていた。立ち上がり、歩いて山頂まで行った。ヌンチャクをあと一本購入すれば、もう少しマシに登れるかなと思った。

 P2の頂上には、誰が何の目的で立てたのか、槍のような金属棒が一本突き立っていた。避雷針なのだろうか。
 ここも非常に狭く、自分で登っておきながら、下山できるか不安だった。追い詰められた獣のようにひどく落ち着かなかった。死が忍び寄っている気がした。一刻も早くここを離れたかった。

 どうにか廊下まで降下し、稜線に戻りリュックを拾った。背負うと、命を拾った気分になった。こういう気分も久々に味わった。
 最後のP3に向かった。P3には鎖はないが簡単に登れる。頂上も多少の広さがあった。後は下山するだけなので、リュックを降ろして少し休息した。

 下山路の途中に『←八風平キャンプ場』の標識がある。これに沿って降りると、やがて廃道化した林道に出る。少し歩くとクルマの行き交う広い舗装道路に出た。軽井沢インターからショッピングモールに通ずる道である。下り車線にはブレーキが効かなくなったクルマが飛び込む緊急退避場所があるが、そのすぐ上に出た。振り返って見上げれば、雄岳と雌岳の岩壁が粛然と佇んでいた。

 初めて登攀用具を使っての登山ということで、得るものが多かった。実際、雌岳P2には用具なしでは登れなかったことを考えると、やはり有益なアイテムには違いない。しかし用具はあくまでも補助的なもので、本格的な岩壁登攀にシフトするということではない。大きな壁を登るには、やはりパートナーが必要である。
 岩壁登攀は現在では半ばスポーツ化され、登山とは別なカテゴリーとなりつつある。登攀ルートはグレードを付けて管理され、同じ岩でもボルトの打ち方ひとつで、アルパイン派とフリー派との間で確執がある。この稿ではこれ以上触れないが、私はどうも、そういう面倒なのが苦手である。そこに山があるから登る、というシンプルさで、今後も行きたいと思うのである。

●登山データ
2011年10月28日(金曜日)
軽井沢インター付近路上駐車(標高783M)→高岩・雄岳(標高1,084M)、標高差301M

軽井沢インター付近路上駐車(8時50分出発)→鞍部(9時20分)→高岩・雄岳(9時40分)、登り所要時間:50分
山頂滞在時間:10分
高岩・雄岳(9時50分)→鞍部(10時05分)→雌岳P2(10時25分/休憩5分)→雌岳P3(10時40分/休憩10分)、雄岳からの所要時間:50分
雌岳P3(10時50分)→車道(11時10分)→軽井沢インター付近路上駐車(11時20分)、雌岳P3からの下り所要時間:30分
全行程:2時間30分

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