Practice Makes Perfect/白馬三山(日帰り縦走)
白馬三山最高峰の白馬岳(しろうまだけ/標高2,932M)

猿倉荘下の駐車場
猿倉荘
大雪渓の入り口、白馬尻小屋
アイゼンを装着し大雪渓を直登する

9月中旬でもこれだけの雪量。クレバスもあるし、左の杓子岳からは頻繁に小さな落石が供給されている

葱平(ねぶかっぴら)付近にある避難小屋
小雪渓はさすがに消えていた
白馬岳頂上宿舎から杓子岳と白馬鑓ヶ岳 日本最大規模の山小屋・白馬山荘
山頂までもう少し 白馬岳山頂には、富士山測候所の強力(ごうりき)が担ぎ上げたという風景指示盤が鎮座する

白馬岳山頂から杓子岳と白馬鑓ヶ岳。稜線の長野側は荒々しく切り立った断崖、反対の富山側はなだらかな高原状と、アシンメトリカルな構造の白馬三山

登って来た雪渓は遥か眼下に
小蓮華山へと続く稜線
山頂からは剱岳や日本海が間近に見える 次なるターゲット、杓子岳へ向かう

杓子岳とのコルから白馬岳を振り返る。山頂直下に要塞のような白馬山荘が見える

杓子岳のガレた登り
杓子岳山頂(標高2,812M)
稜線の富山側はなだらかな高原状 剱岳
白馬鑓ヶ岳(標高2,903M)へ向かう 杓子岳を振り返る

白馬鑓ヶ岳山頂
鑓温泉降下分岐から白馬鑓ヶ岳を振り返る
白馬鑓温泉小屋
硫黄と硫化水素臭たっぷりの野天風呂

白馬三山(白馬岳〜杓子岳〜白馬鑓ヶ岳〜白馬鑓温泉/日帰り縦走)

2011年9月12日(月曜日)

 白馬岳(しろうまだけ)、杓子岳(しゃくしだけ)、白馬鑓ヶ岳(はくばやりがたけ)の三山を総称して、白馬三山(はくばさんざん)という。
 八方尾根スキー場などがある麓の地名は『はくばむら(白馬村)』だが、山の名前は『しろうま』と読む。鑓ヶ岳は、同音の槍ヶ岳と区別するため、便宜上『白馬』を付けているだけで、白馬三山、白馬鑓ヶ岳などの通称は、『はくば』『しろうま』どちらでもいいようだ。

 三山の縦走は、万年雪を湛える大雪渓を絡めた人気のコースだが、日帰りでとなると、限界ギリギリのハードコースになる。猿倉の駐車場から白馬岳山頂までの標高差は実に1,702メートルもあり、杓子岳と鑓ヶ岳のアップダウンも加えると、気の遠くなるような累計標高差だ。地図上参考タイムは15時間に及び、埼玉の自宅と登山口との往復時間を加えると、稼働時間は22時間にもなってしまう。
 月曜から日曜まで七日間仕事続きで全身疲れきっていたが、天候の安定期に入ったこともあり、計画を実行した。時間いっぱいのロングディスタンスでは、天候の安定が大前提になる。
 夜中の1時半に家を出発し、まだ真っ暗な4時半前に猿倉駐車場に到着した。明るくなるまで40分ほど仮眠をとり、軽く朝食を摂ってから、5時半に登山を開始した。

 私にとって過去最高の標高差を登るには万全の体調とは言えないが、白馬尻小屋までは、思ったほどきつい登りではなかった。この山小屋は雪崩で粉砕する惧れがあるため、夏山シーズン終了とともに解体され、次期シーズン前にまた組み立てられる。9月中旬とあって、このあたりに雪はなく、しばらくは夏道を登った。
 やがて、谷一面を埋め尽くす大雪渓が現れる。この時季に尚、これほどの雪量を見るのは、やはり感慨深い。この雪の底に、日本誕生時の地面が無垢のまま封じ込められていると想うと、得体の知れない不思議な感覚に襲われる。

 ともかく、雪上を歩くしかない。
 雪面状態は、辺り一面スプーンで抉り取った様な『スプーンカット』である。雪質は氷に近い硬さであり、アイゼンなしには登れない。
 クレバスがあちこちに口を開けている。茶色く変色している箇所は地面が近いからなのか、それとも下に空洞でも出来ているのか、なんとも不気味である。左前方に立ちはだかる杓子岳の断崖からは、絶えず小さな落石が供給されていて油断がならない。
 大雪渓は屈指の人気コースとして多くのハイカーが訪れるが、毎年のように落石死亡事故が起こる危険地帯でもある。V字谷の底なので、落石が収斂(しゅうれん)するのは必然であり、雪上を転がってくる石はほとんど無音なので、ガスで視界が利かないときなど、怖くてとても登れない。時速100キロで飛んでくる落石を見切って避けるなど不可能である。雪渓を抜けるまでは途中休憩すらも危うい。

 雪の斜面を登るときは、最大傾斜線の直登になる。斜面のトラバースは体軸の採り方が難しいので滑落する危険が大きい。ダブルストックを使って、最大傾斜線に沿ってまっすぐ登るのが、最も体勢が安定し、足許のグリップが効く。傍から見るほどには疲れず、気の遠くなるような標高差も、この直登区間でだいぶ稼げてしまうので、かえって助かるくらいである。これは後に経験することだが、その標高差地獄を見るのはむしろ、鑓温泉経由の下山時である。

 ともかく、大雪渓を脱すれば程なく山頂である。
 山頂には、石でできた風景指示盤が建っている。新田次郎の小説『強力伝(ごうりきでん)』で、富士山測候所の強力・小宮正作が、白馬の強力・鹿野の協力で担ぎ上げたのが、これである。
 その石灯籠はいくつかのパーツから成っており、小さなものでも20貫(75kg)、最大のものは50貫(187kg)もあるという。
 こんなものを担いでこの山に登るなど、到底人間業とは思えないが、この50貫の石を、鹿野家秘蔵のスーパー背負子『牛殺し』を使って、小宮が命を賭して担ぎ上げたという。
 小宮は新田の測候所勤務時代の同僚がモデルであり、この小説は実話に基づいている。

 白馬岳山頂からは360度のパノラマが堪能できる。
 一際存在感を放つのが剱岳(つるぎだけ)で、その下にターコイズブルーの水を湛えているのが黒部湖である。日本海がすぐ眼下に広がり、その先にかすんでいる島影は能登半島だというから、海無し県の長野県境にあって実に意外な感じがする。白馬三山の残りふたつ、杓子岳と鑓ヶ岳なぞ、存外近く、矮小にすら見えてくる。

 白馬三山の特徴は、何といっても稜線を挟んだ非対称性にある。
 稜線から長野側は荒々しく切り立った断崖絶壁だが、反対の富山側は、牛が放牧されていてもおかしくないほど穏やかである。まるで、平らな台地が突然地割れし、そこから猛烈な勢いで斜めに隆起したような、そういう地形である。
 太古の昔、海を漂ってきたインド島が、ユーラシア大陸にぶつかり、その衝撃によって隆起したのが現在のヒマラヤ山脈だというが、かつて日本が真っ二つにへし折られた衝撃で隆起したのが北アルプスだというのも、肯(うなず)ける光景である。
 ちなみに、真っ二つにへし折られた際に出来た溝をフォッサマグナといい、その西端が糸魚川静岡構造線である。これが後に圧縮して押し出されたものが、日本アルプスだという。

 近くに見えたはずの杓子岳だが、歩いてみると何故か、意外に遠い。原因は白馬岳で体力を使い果たしてしまったことによる。
 杓子岳には山頂をスルーしてしまうトラバース道もあるのだが、それでは三山コンプリートにならないので、疲労を押し、砂利を積み上げたような、踏んだ足が潜るような急登路を登った。渾身の力を振り絞り、最後の鑓ヶ岳を制した。
 杓子岳と鑓ヶ岳は、真っ白な、すっかり水分の枯れてしまったグズグズの砂利山だった。三山を制した私の心身もまた、そんな感じだった。

 ここから白馬鑓温泉を目指して下山する。
 標高2,100メートル付近の山肌から、硫化水素臭の強い硫黄泉が轟々と湧き出ている。白馬鑓温泉小屋は、この温泉を囲うように夏山シーズン前に組み立てられ、雪の降る前に解体される山小屋である。
 入浴料三百円を支払って、お湯にくつろぐ。山上の温泉は格別な贅沢だが、ただ一つ気になったのが、脱衣所の床に足の踏み場もないほど散らばった陰毛である。風呂から上がった時、他人の陰毛が足の裏に着くことだけは、如何にしても避けなくてはならない。
 せっかくここで汗を流し、衣服を着替えても、猿倉の駐車場に着くまでには再び汗だくになってしまう。この下山路は、とてつもなく長く、辛いものだった。
チングルマ カライトソウ クルマユリ
ミヤマトリカブト シロウマアサツキ オオバミゾホオズキ

●登山データ
2011年9月12日(月曜日)
猿倉駐車場(標高1,230M)→白馬岳(標高2,932M)、標高差1,702M

猿倉駐車場(5時30分出発)→白馬尻小屋(6時20分)→白馬岳(10時10分)、登り所要時間:4時間40分
山頂滞在時間:25分
白馬岳山頂(10時35分)→杓子岳山頂(11時55分)、所要時間:1時間20分
山頂滞在時間:10分
杓子岳山頂(12時05分)→白馬鑓ヶ岳山頂(13時05分)、所要時間:1時間00分
山頂滞在時間:15分
白馬鑓ヶ岳山頂(13時20分下山開始)→白馬鑓温泉小屋(14時50分/入浴休憩30分)→猿倉駐車場(18時05分到着)、白馬鑓ヶ岳からの下り所要時間:4時間45分
全行程:12時間35分

登山目次
Home
Copyright © 1996- Chishima Osamu. All Rights Reserved.