Practice Makes Perfect/伊豆ヶ岳〜前坂
正丸駅にクルマを置き伊豆ヶ岳を目指す
駅舎横のトリッキーな階段を降りる
車道と別れ登山道へ
男坂入り口手前にある小ピーク、五輪山
物々しく注意喚起標識の立ち並ぶ男坂入り口
男坂は落石の危険があるため、女坂を迂回するよう書かれている
入り口にはロープが張られ侵入を阻んでいる 男坂のスラブ(一枚岩)。鎖が付いている
伊豆ヶ岳山頂(標高851M) 山頂からの展望は別に好くない
古御岳(こみたけ)へ向かう
古御岳山頂(標高830M)
高畑山山頂(標高695M)
中ノ沢ノ頭山頂(標高623M)
天目指峠(標高475M)
愛宕山(標高およそ650M)
子ノ権現から見た伊豆ヶ岳(右)と古御岳(左)
子ノ権現天龍寺
スルギの朽ちた標識
522Mピークから見た採掘現場

前坂から吾野駅に降りる
吾野駅から正丸駅へは電車で戻る

伊豆ヶ岳〜前沢(飯能アルプス縦走)

2010年11月28日(日曜日)

 この7月に東吾野駅から天覚山経由で伊豆ヶ岳を目指し、敢えなく途中敗退してから早四ヶ月が過ぎた。“飯能アルプス”の異名も伊達ではない意外なハードさに計画破綻を見た前回だったが、今回は一転、正丸駅からダイレクトに伊豆ヶ岳へ登り、後はダラダラと深秋の尾根歩きを楽しむという軟弱転換しての再挑戦となった。
 正丸駅まで電車で行こうかとも思ったが、とりあえずクルマで行ってみると、日曜日とあってか、朝7時半にも拘らず既に日貸し駐車場は一台分しか空いてなかった。時間的にはこれでも充分なのだが、伊豆ヶ岳の人気ぶりを窺わせる。

 駅舎の前を横切ってまずは階段を降りる。これが一風変わっている。土手に斜めに付けられた階段は、踏み段は無論水平で手すりは垂直なのだが、目の錯覚で妙に傾いて見える。ちょっとしたトリックアートの趣がある。
 線路下のガードをくぐってしばらくは集落の車道を辿ると、15分ほどで馬頭尊のある登山道入り口に着く。左手の沢にいくつかの滝を見ながら登って行くと、一枚の標識が置かれていた。
『この道は地主の厚意によって開設されたものであり、登山のマナーを守りましょう』という旨が書かれている。
 電車を使ったお手軽な初級ハイキングコースということで、子供の遠足や、ハイキング入門者が大勢入ることも容易に想像され、またこの日の一週間前には五百人もの人がトレイルランを行うなど、人気振りは過剰である。少なからぬ惨状も目にするだろうと予期してきたが、そういった感じが見受けられなかったのは意外だった。

 地図には載っていないが、五輪山という小ピークがある。展望は効かないが山頂は広く、ベンチも置かれている。弁当を広げるには恰好の場所だが、生憎このピークの下には巻き道があって、五輪山を素通りする人も多いかもしれない。巻き道とピークから降りた合流点が男坂の入り口になっている。

 伊豆ヶ岳の山頂へ行くには、鎖にすがって岩を登る『男坂』と、それを迂回する『女坂』とがある。この男坂こそ初級ハイキングコースのクライマックスとして、多寡だか標高851メートルに過ぎないこの山の人気を担う最大の難関となっている。
 登山に自然の厳しさは欠くことのできない本質であり、登山者にとってはいつかは真っ向から立ち向かわねばならない現実である。この初級ハイキングコースにあって最後の最後にこの壁のあることは、初級登山者にとって最初の試練であり、多少の危険を含んだ難しすぎない設定は段階的に言っても幸運なことだろう。ここを克服することで次なるステップが踏み出せるからである。
 しかし悲しいかな、男坂は落石の危険があるとのことで、この日現在、通行止めとなってしまっている。

 地図には通行止めと書かれているが、現地には飯能市観光協会が設置した落石の注意喚起の看板こそあれ、通行止めとは書かれてない。侵入を阻むように張られたロープが、善良なる抑止力に訴えてくる。
 昔、滑落事故があったとのことで、このような処置になっているらしい。
 前(さき)にも書いたとおり、ここが初心者の大勢やって来る山と想定した場合、足許もおぼつかないそうした人達が、この岩場に数珠つながりになり、パラパラと小石を落としながら登る光景を想像すれば、PL法とコンプライアンスの過剰時代にあっては、担当行政が震え上がるのも無理はない。
 しかし現実には、これより危険な山はいくらでもあり、山登りとは本来がそうしたものだとするならば、これはいささか過剰な反応とも映る。
 あるいはまた、見方を変えれば、自信過剰な登山者への試金石とも受け取れる。ここをすら迂回できないような、セルフコントロールの効かない傲慢な登山者は、山に登る資格なし、と言われているようでもある。
 いずれにせよ、この問題は今一度登山の在り方について、稿を改めて考察する必要がありそうだ。

 ロープをまたいで一応のモニタリングを行ってみると、それなりの経験を持つ登山者にとっては特にどうということもない。
 落石が起こるとは思えない一枚岩だが、岩の質がチャート(生物の死骸が堆積した化石)なので雨に濡れると氷のように滑りやすくなるという認識と、岩登りは握力でするものであり、その持続限界は概ね20メートルと意外に短いという認識、更には岩は登るよりも降りる方が難しいので、最後まで登りきるという覚悟さえあれば、充分こなせる範囲だろう。
 鎖を登りきると更に大岩に突き当たるが、これは無理に登る必要はなく左側面を巻けばいい。ここを過ぎれば山頂である。

 地図やガイドブックには、山頂からは360度のパノラマ展望で、それゆえに人気があるように書かれているが、どうした間違いか、そうした事実は見出せない。
 山頂の少し手前が割合広く、まずまずの人数がくつろげる。この日は私を含めて七人ほどの人がいた。私も適当な場所に腰を下ろし休息を容れた。
 ここまでの所要時間は1時間20分と、ハイキングとしては適度なものだろう。前回の雪辱も成り、これで今回の前半戦も無事終了である。後は行けるところまで行く稜線縦走ステージとなる。

 10分の休憩後伊豆ヶ岳を後にする。ここからの稜線縦走は、古御岳(こみだけ/標高830M)、高畑山(標高695M)、中ノ沢ノ頭(標高623M)と、概ね20分間隔で小ピークが連続する。
 この日は新調したトレッキングシューズが足に馴染まず、両足の踵に肉刺(マメ)が出来てしまったが、バンドエイドとテーピングでなんとか誤魔化す。お気楽なはずの里山ハイキングと舐めていたのが、とんだ苦行となった。
 稜線の鞍部である天目指峠(標高475M)に到着した。ここから先は天覚山まで一度歩いた道となる。祠のある愛宕山で15分の昼食休憩を容れ、滑りやすい急斜面を子ノ権現まで降下した。

 子ノ権現から辿ってきた道を振り返ると、伊豆ヶ岳の全容が見渡せる。伊豆ヶ岳のすぐ横には古御岳が寄り添い、双耳峰の様に見えるのですぐにそれと判る。ふたつの山はぴょこんとしたピークに過ぎず、山体は一緒なので、このふたつを合わせて伊豆ヶ岳と呼ぶのが自然だろう。
 子ノ権現は今回の稜線ハイキングのターニングポイントの一つである。ここから西吾野駅に降りても良いし、秩父御岳神社を経由して吾野駅に下るルート、更には滝不動を経て吾野駅へ至るルートなどバリエーションは豊富だ。足はだいぶ痛んできたが、このまま稜線ハイキングを続けることにする。天覚山まで行って東吾野駅に降りるのは、また別な試練として、次なる降下ポイントの前坂まで行って、そこから吾野駅に降りるのが今シーズンの締めくくりとしては適当だろう。

 子ノ権現からは地図上では一般ルートではない破線表示となる。立ち入ると幾筋もの蜘蛛の巣が行く手を遮り、少なくとも今日誰もここに入っていないことを窺わせる。日曜の人気ハイキングコースで他の誰とも会わないのは望むべくもないことだが、山に登る理由を『山中の孤独』に見出そうとしている私としては、先程までの伊豆ヶ岳の人気振りから置き捨てられたこの空間が貴重なものに感じられた。といっても、以前一度通ったコースなので興はほとんどないのだが。
 山では行き交う登山者同士が挨拶するのはごく自然だが、街の中でこれをする人はまずいない。では今回のような里山ハイキングコースはどうかというと、やはり街や公園と同じように、しないのである。こちらからしても、いぶかしげに無視されるケースがほとんどであり、そのことを知ったのは収穫でもあった。男坂を通行止めにした行政の判断も何か分かる気がした。

 途中に『スルギ』という場所があり、その上に538Mピークがあるというので登ったが、特に頂上を示すものもなく、何かの木に人の名札が付けてある以外、佇むほどのスペースもなく、無論何の眺望もなかった。
 この破線区間は、名もない小ピークが連続する、つまりアップダウンを何度も繰り返す正弦波形のような尾根で、ハイキングコースにしては心身を蝕むいささかハードな設定である。しかし、別にどうということもない小ピークをいちいちバカ正直に踏む必要はなく、巻き道も付けられているので、好みによって選択可能である。前回は巻き道を通ってしまったので、今回はいちいちそのピークを踏むことにこだわった。更に前回来た時には地図に載っていない派生ピークへの分岐標識をいくつか発見したにも拘らず、それらは割愛してしまったので、今回はそれらも片っ端周ってやろうと密かに野望も抱いていた。しかしどうしたことか、結局それらを見つけられないまま、見覚えのある522Mピークに出てしまった。当然今回も分岐表示はあるはずとの先入観が招いた失敗だった。

●登山データ
2010年11月28日(日曜日)
正丸駅(標高290M)→伊豆ヶ岳(標高851M)、標高差561M

正丸駅(7時45分出発)→五輪山(8時50分)→伊豆ヶ岳(9時05分到着)、登り所要時間:1時間20分
山頂滞在時間:10分
伊豆ヶ岳(9時15分)→古御岳(9時30分)→高畑山(9時55分/休憩10分)→中ノ沢ノ頭(10時20分)→天目指峠(10時35分)→愛宕山(11時05分/休憩15分)→子の権現(11時30分)→前坂(13時30分)→吾野駅(14時00分到着)、所要時間:4時間45分
全行程:6時間15分

登山目次
Home
Copyright © 1996- Chishima Osamu. All Rights Reserved.