Practice Makes Perfect/白峰三山往復(一泊二日/2日目)
農鳥岳山頂(標高3,026M)から間ノ岳と北岳を臨む

農鳥小屋からまずは農鳥岳を往復する
最初に登るのは西農鳥岳(標高3,051M)
うっかり西農鳥岳山頂をトラバースしてしまう。先に農鳥岳へ向かう
農鳥岳山頂から富士山
ここから広河原へ戻る。先程トラバースした西農鳥岳山頂へ向かう
西農鳥岳は農鳥岳よりも高いが、山頂を示す標識はどこにもない
農鳥岳往復完了。いよいよ昨日越えてきた間ノ岳を登り返す 間ノ岳への長い登りは結構しんどい

農鳥岳の山頂はふたつに分かれ、左の農鳥岳(標高3,026M)と右の西農鳥岳(標高3,051M)からなっている。
西農鳥岳の方が高いが、山頂標識や三角点は低い農鳥岳にしかなく、低い方が山頂扱いされている

間ノ岳山頂(標高3,189M)は広い 間ノ岳山頂を踏むのは昨日に引き続いて2度目
間ノ岳から中白根山に向かう。遠くには仙丈ヶ岳
中白根山(標高3,055M)山頂から間ノ岳を振り返る

中白根山から北岳(標高3,193M)を臨む。これを越えれば後は降りるのみである

北岳山荘 北岳山頂への登り
北岳山頂
北岳山頂を踏むのは、昨年、昨日に続いて3度目

北岳山頂を後にする。後は下るのみだ
北岳肩の小屋
雪解けと共に消えてしまうキタダケソウだが、奇蹟的にまだ残っていた
北岳固有種の代表格キタダケソウ(絶滅危惧U類)
小太郎尾根分岐から草スベリコースを降りる
草スベリという優雅な響きとは裏腹に、キツイ下りが白根御池まで延々続く
白根御池小屋
広河原山荘

白峰三山往復(一泊二日/2日目/農鳥岳〜広河原)

2010年7月23日(金曜日)

 農鳥岳(のうとりだけ)とはおかしな山である。
 農鳥岳の山頂はふたつに分かれ、東側の峰を農鳥岳(標高3,026M)、西側の峰を西農鳥岳(標高3,051M)と呼ぶ。
 しかし、このような名前が付いているのは、ほんの山頂の飛び出た部分に過ぎず、遠くから見れば、共有する巨大な山体を指して農鳥岳と呼ぶのが普通である。
 ところが、標高は西農鳥岳の方が高いのにも拘らず、山頂を示す標識や測量三角点は低い方の農鳥岳に設置されており、一般的にも農鳥岳の標高は、低い方の3,026メートルということになっている。これは一体何故なのか。

 農鳥小屋からまず最初に目指すのは、高い方の西農鳥岳である。稜線の肩に登ると、農鳥岳への道標が立っている。特に意識することなくそのまま進むと、何かおかしいことに気が付いた。いつの間にか西農鳥岳の山頂下をトラバースしてしまっていた。西農鳥岳山頂へ案内する道標は見当たらなかった。
 地図を見ると、登山道は3,050メートルの山頂地点から僅かに外れており、『西側を巻く』と注釈されている。つまり、山頂を通らないのである。特に険しい断崖でもないのに、ここまで疎外される理由は一体何なのか。
 ちなみに、西農鳥岳の標高は、手持ちの地図では3,050メートルとなっているが、国土地理院のホームページを見ると3,051メートルとなっている。とりあえず西農鳥岳の山頂は措き、先に農鳥岳をやってしまうことにした。

 西農鳥の肩を越えると、農鳥岳の山頂が全貌を見せる。全体としては台形の、山頂が平べったく間延びした山である。
 農鳥小屋を5時10分に出発して、6時20分に到着した。所要時間は1時間10分である。ここでリュックを下ろして35分間の休憩を容れた。

 前日、広河原から北岳、間ノ岳(あいのだけ)と登り、昨夜は農鳥小屋に泊まり、二日目にしてようやく白峰(しらね)三山最後の頂に立った。
 これで縦走の往路は成し遂げたわけだが、全体の行程としてはこれでやっと半分である。二日目の予定はここから広河原に戻る三山縦走復路だが、初日に二座しか登れず、三座目が今日に食い込んでしまったわけで、北岳から先が下りとはいえ、時間的には今日の方がキツイ。
 リュックを背負い、先程登りそこねた西農鳥岳に向かう。

 おそらくここが山頂だろう岩の上に立っても、それを示す標識は何もなかった。こちらの方が高いのに山頂扱いしてもらえない、なんとも不憫な山である。

 農鳥小屋まで戻り、ここからは昨日越えてきた間ノ岳と北岳を登り返す。
 間ノ岳への登りは長くてキツイ。実際はそれほどきつくないのだが、滑りやすい足許とも相まって、やはり二晩の睡眠不足が祟(たた)ってか、足取りは重かった。屈辱的なことに、途中で5分間の休憩を余儀なくされた。

 間ノ岳山頂到着。
 昨日は誰もいない山頂だったが、この日はやけに賑やかだ。カメラのシャッターを頼まれたりしながら、20分の食事休憩を楽しんだ。
 ダラダラと緩い尾根をくだり、中白根山到着。足が重い。15分の休憩を採り更に食事を追加した。今日はチマチマと少しずつ食事を摂ることにした。
 中白根山から北岳山荘まで降りる。
 この鞍部から見上げれば、後は最後の頂、北岳を残すのみである。これさえ登り切れば、後は下るのみで楽になれる。この時はそう軽く考えていた。
 ここからは山頂に行かず、トラバース道を八本歯のコルに逃げる手もある。アイゼンとピッケルを使って大雪渓を降りれば、山頂に行かない分、時間も縮小できる。せっかく持ってきた装備である。ここが出番ではないか。
 逡巡した挙句、三山往復完遂のため、最後の山頂目指して登る道を選んだ。

 最後の力を振り絞るようにして北岳山頂に到着したのは12時25分だった。
 ここでも15分間休憩した。この山頂に立つのは、昨年、昨日に続いてこれで三度目だが、いずれも長居していない。私は山頂に対する執着が薄いのだが、とにかくこれで三山往復は成し遂げた。後はバスに間に合うよう降りるだけである。
 肩の小屋まで降り、そこで更に10分の休憩を加え、小太郎尾根分岐から二日間過ごした稜線尾根に別れを告げた。13時40分だった。
 地図上参考タイムでは、広河原まであと3時間40分かかるとある。額面どおりなら到着時刻は17時20分であり、17時の最終バスには間に合わない。スピードアップが必要だった。

 少し降りると、登って来た右俣コースと白根御池コースの分岐に行き当たる。ここは敢えて未知の白根御池コースを採った。
『草スベリコース』という優雅な名前にしては、だいぶ厳しい下りである。八本歯のような強制的に高度を下げる梯子がない代わりに、延々と九十九折の道が続いている。しかも、高度を下げるに連れ、気温がグングン上昇してきて、水を飲まずにはいられなくなった。
 三千メートル稜線では、舐めるように飲んでいた水も、あまりの暑さにゴクゴク飲まずにはいられない。おまけに立ち止まると大量のハエが群がってくる。昨日の登りではあまり見かけなかったが、今日は一転して物凄い。昨年のハエ地獄の再現だった。
 ペットボトルに飛び込まれるのだけは防がねばならない。リュックから忌避剤を取り出し、カラダ中に吹きかける。しばらくはそれで寄ってこないが、少し経つと汗で流れてしまうのか、効果がなくなった。

 ようやく白根御池のキャンプ地が見えてきた。小太郎尾根から白根御池までの地図上参考タイムを50パーセント短縮した。
 この時14時25分。ここからの地図上参考タイムは1時間50分なので、16時15分の到着となる。16時10分のバスは微妙だが、ひとまず最終の17時は安全圏となった。
 これ以上はペースを上げず、ゆっくり降りた。

 白根御池小屋を過ぎると、何故かいきなり登りになった。
 む?と思って地図を見ても、他に道はなくこれで間違いはない。カラダは残る余力すべてを下りに注ぎ込むようセッティングされているのに、ここに来てのこうした揺さぶりは、精神的に非常に効いた。右俣コースを降りていればひたすら下りだったのに、と後悔がよぎる。おまけに、こんな時間だというのに下から団体客が登って来た。

 狭い登山道ではどちらかが道を譲らないとすれ違えないため、原則登り優先のルールがある。登りの人は足許を見て登っているため視野が狭いのに対し、下りの人は俯瞰から広く視野を保てるため、早い段階ですれ違いの場所を設定できる、という理由からである。
 但し、団体と単独者の場合、団体が待って単独者を先に通した方が、お互い時間がかからないというバリエーションルールもある。これらはあくまで原則で、状況に応じて臨機応変に対応しなければならないのだが、マナーとして、待たせた相手に挨拶くらいするのは人として当然だろう。
 私は単独だったが、登ってくる二十人ほどの団体の先頭者は、まったく止まる気配がなかった。私はすれ違える場所を確保して、辛抱強く待ち続けた。

 話は少し戻るが、今回の白峰三山全般において、この登り優先ルールを守る人は半分ほどしかいなかった。こちらが登りでも、下りが構わず突っ込んで来たら、こちらで根負けして道を譲るしかない。ひどいのになると、こちらが待っているのにそれを無視して立ち止まって仲間とおしゃべりしたり、登りのこちらが敢えて道を譲っているのに、挨拶ひとつしないで通り過ぎる人もいた。そういう連中の全員が中高年登山者である。
 想像するにこれは、挨拶は年少者、もしくは社会的地位が低い者(?)から先にしなさい、という驕りともいえる何様的勘違いから来ていると言わざるを得ない。でなければ、社会不適格者か、である。
 社会とのつながりを断ち切るために山にいる人は、もしかすると、少なからずそういう傾向があるのかもしれないが、この考察については、私自身もう少し経験を積んだ上で検証したい。

 さて、続々と登ってくる団体客に、虚しく時間が経過していた。亡霊のように登って来た一人の老女が私に気付いて突然叫んだ。
「うわっ!びっくりした…」
「……」
 人を待たせているという感覚がまったく欠如しているとしか言い様がない。この老女はともかく、このパーティーはリーダー自体に問題がありそうだった。

 途中にベンチがあった。たまらず腰を下ろした。
 この下りは長すぎる。そして暑すぎた。汗がドクドクと流れ、体がボロボロと疲弊して行く。ベンチで15分休憩し、少しでもエネルギーを購おうと食事を摂った。
 川の轟音と、ベンチの配置間隔から推察して、既に広河原が近いことは確実だったが、九十九折の道の先は果てしなく降下していた。これは幻覚ではないかと疑いだした。
 ようやく大樺沢との合流点に着いたのが16時ちょうどだった。予想を上回るきつい下山だった。
 17時のバスにはまだ余裕があるので、ここで5分間休憩した。

 広河原山荘に着いた。もう大丈夫である。庭の自販機でコーラを買い、ふらつく足でバス停まで歩いた。16時30分、ようやくバス停に到着した。

 このバスの停留所は、昨年はまだ工事中だったが、今年は真新しくオープンしている。東屋やベンチの白木が馨(かぐわ)しい。東屋で休んでいたら、係りのオジサンが話しかけてきた。
 今日はずいぶん暑いですねと話を向けたところ、ここ幾日か暑いということだった。やはりこの暑さは気の所為ではない。

 バスの乗客は私を含めてふたりだった。
 もう一人の男は、座席に着くなり気さくに話しかけてきた。彼はアイゼンもピッケルも持たずに、雪渓を降って来たという。
 途中で滑落して危なかったが、滑りながら木の枝を拾い、それを突き刺して何とか止まれた、と腕の大きな擦り傷を見せながら笑っていた。
 私は虚ろに聞いていた。
 彼は何の装備もなく雪渓を下り、私はフル装備だったにも拘(かかわ)らず雪渓を避けた。私も嗤(わら)った。
 安全運転のバスに揺られ、芦安の駐車場に着いたのが18時だった。

●登山データ
2010年7月23日(金曜日)
北岳山頂(標高3,193M)→広河原バス停(標高1,520M)、標高差1,673M

農鳥小屋(5時10分出発)→西農鳥岳(5時50分)→農鳥岳(6時20分)、所要時間:1時間10分
山頂滞在時間:35分
農鳥岳(6時55分下山開始)→西農鳥岳(7時25分)→農鳥小屋(8時00分)→間ノ岳中腹(休憩5分)→間ノ岳(9時30分)、所要時間:2時間35分
山頂滞在時間:20分
間ノ岳(9時50分)→中白根山(10時40分/休憩15分)→北岳山荘(11時15分)→北岳(12時25分)、所要時間:2時間35分
山頂滞在時間:15分
北岳(12時40分下山開始)→肩の小屋(13時10分/休憩10分)→小太郎尾根分岐(13時40分)→白根御池小屋(14時25分)→草スベリコース第2ベンチ(15時00分/休憩15分)→白根御池分岐(16時00分/休憩5分)→広河原バス停(16時30分到着)
2日目全行程:11時間20分
2日間の全行程:20時間20分

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