Practice Makes Perfect/編笠山・権現岳・西岳(日帰り縦走)
権現岳(標高2,715M)山頂に突き立つ聖剣エクスカリバー

観音平駐車場と登山口
雲海分岐点
押手川からは勾配がきつくなる
編笠山(標高2,524M)山頂から富士山を臨む
編笠山山頂から南アルプス 編笠山山頂から権現岳をはじめとする八ヶ岳の山々
編笠山と権現岳の鞍部に建つ青年小屋 権現岳への登りから編笠山と青年小屋を振り返る
のろし場からギボシと権現岳(奥)
権現岳への急登区間のガレ場
ギボシ下のトラバースを行く
権現小屋
権現岳山頂のオベリスク
山頂に突き立つエクスカリバー

山頂からエクスカリバーを見下ろす
ギボシ(標高2,700M)
ギボシ山頂から編笠山
ギボシ山頂から権現岳
本日第3の山、西岳へ向かう。遠くには御嶽山と乗鞍岳
西岳山頂(標高2,398M)
西岳山頂から権現岳

編笠山・権現岳・西岳(日帰り縦走)

2010年6月24日(木曜日)

 南北30キロにも及ぶ八ヶ岳連峰は、最高峰・赤岳を擁する主脈部の南八ヶ岳と、蓼科山を最北端とする一般的には蓼科のイメージが強い北八ヶ岳から成り立っている。
 南北合わせて名前の付く山は実に二十以上もあり、これらすべてをひっくるめての『八ヶ岳』であることから、八ヶ岳の『八』は、多数を象徴していると考えるのが妥当なのかもしれない。
 一方で、文字通り特定の八つの山を指すという意見もある。
 深田久弥の『日本百名山』では『西岳・編笠山・権現岳・赤岳・阿弥陀岳・横岳・硫黄岳・峰の松目』の八つとしている。すべてが南八ヶ岳の山であり、北はまったく無視された恰好だ。
 尤(もっと)も、深田は蓼科山を『百名山』に選んでいるので、彼の見解としては、八ヶ岳とは南八ヶ岳のことであり、北八ヶ岳は『蓼科』と捉えている節も窺える。

 ネットを見ると、峰の松目の代わりに、北八ヶ岳の天狗岳を入れるというのが一般的見解であり、八ヶ岳観光協会のホームページでは、峰の松目と西岳を外し、天狗岳と北横岳を入れるのが地元の見解として紹介されている。蓼科山を別格と尊重しつつも、それに次ぐ山容の北横岳を入れることで北八ヶ岳二座とし、一応のバランスの妥協を提言したものと言えそうである。
 今回は南八ヶ岳の最南端を守護する編笠山(標高2,524M)と権現岳(標高2,715M)に『八山』の見解の微妙な西岳(標高2,398M)を加えた三山の日帰り縦走をレポートする。

 夜中の2時半に秩父の自宅を出発して、鹿に怯えながら雁坂トンネルを越境し、中央道を目指す。
 先々週の赤岳登山では、体調の悪さに加え、ビスケットやゼリーの食事を一切受け付けず、山小屋で緊急にラーメンを食べることで辛うじて凌いだが、今回はそれを教訓としてコンビニでおにぎりを購入した。
 小淵沢インターを降り、観音平の駐車場に着いたのが朝5時。仕度をして5時15分に登山を開始した。
 関東ではまだ梅雨の真っ最中で、前日にも大雨が降ったが、この日はその間隙を縫って朝からよく晴れている。梅雨というのは弱い雨がシトシトと降り続くイメージだが、この年の梅雨は雷を伴った集中豪雨型であり、このところの異常気象を継承している。

 森の中を登りはじめて10分ほどで、買ったおにぎりをそっくりそのまま車内に置き忘れたことに気が付いた。痛恨のミスだが、取りに戻るのはいささかダルい。リュックの中には備蓄されっぱなしのビスケットとゼリーが充分あるので、これで凌ぐことにした。今日は前回のような体調不良はなく、夜中に起きた時から調子が好かった。これならこの食事でも充分行けるだろうと登山を続行した。

 登山開始から35分で最初の休憩ポイント雲海分岐点に到着した。ここで荷物を降ろして5分間の坐り休憩をする。
 今回の作戦は、こまめに休憩を採ることである。
 運動することで体内に活性酸素が生成され、それが細胞にダメージを与え疲労の原因を作っている。構わず運動を続けると細胞ダメージの恢復が困難になり、疲労も恢復しにくくなる。こまめに小休止を採ることで、ダメージの軽いうちに修復を図ったほうが効率的だというのをテレビで見たので、今日はそれを実践し、効果を確かめることがテーマだった。
 ここで体脂肪の燃焼を促進させるカプシノイドを摂取する。本日第一のドーピングを使った。

 この辺りから登山道は大きな石がゴロゴロした歩きにくい状況に変わる。雲海から25分後に第二の休憩ポイント押手川(おんでがわ)分岐点に到着。ここでも10分間の休憩を容れた。
 この辺りから原生林となるが、若干道が分かりにくい。ここから編笠山山頂を目指す直登ルートと、山頂を迂回して山の反対側の青年小屋に至る巻き道があるのだが、気を付けないと巻き道に誘導されやすい。
 山頂への直登ルートは、相変わらずの石がゴロゴロの道だが、勾配が先程よりも急になる。文字通り編笠のような穏やかなスロープであり、八ヶ岳の凶悪な主脈部に比べて難度の低い初級者向け登山かと思っていたが、意外にもルートが直登であり、なかなかどうしてたやすくもない。

 編笠山の山頂は、何の遮りもない、全周囲に展望が開けた、まことに気持ちのいい場所である。
 権現岳を目の前に、赤岳や阿弥陀岳の八ヶ岳主脈がどっかりと間近であり、その左手に張り出した蓼科山と、その裾野に広がる車山の向こうには、後立山連峰から穂高連峰まで続く北アルプスの銀嶺が輝いている。更に左に目を移すと、乗鞍、御嶽、中央アルプスの山々が、それぞれにその存在を誇示しているし、富士見パノラマスキー場のゲレンデを挟んで、北岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳といった重量級の山々を包括する南アルプスが、このあたり一帯の支配者のような顔で鎮座している。そして少し引いて、それを静観するかのように遠く富士山の秀麗である。
 この山頂は一日居ても飽きない、すばらしいロケーションである。このパノラマだけでもこの山を『八山』に認定する価値は充分過ぎる。
 一日居ても飽きないが、次の予定もあるので休憩25分で切り上げる。

 次なるターゲットは権現岳である。それは眉に迫る大きさなのでルートをスキャンできる。地図上参考タイムはここから1時間50分とある。それを事前に1時間40分と見積もっているのだが、こうして見るとそんな時間では行けそうもなく感じる。
 前回の赤岳での不調の原因は、もしかすると高山病に罹っていたのかもしれないという一抹の可能性も拭いきれないのである。あの日は曇っていたので気圧も幾分低かったのかもしれないが、多寡だか三千メートルで発症するはずがないという根拠不明の自身も、ここに来て俄かに揺らぎ始めていたのである。

 世の中には疲労を無効にしてしまうという秘薬があるという。
 イミダペプチドというその秘薬を求めて、ドラッグストアの薬剤師に訊いたところ、取り扱っていませんという返事だった。調べてみると、どうやらとある機関からのみの通販でしか入手できないようだ。
 仕方なく似た名前の大豆ペプチドというのを店頭で買った。これも脳や体の疲労をすばやく回復させるとある。これが本日第二のドーピングである。

 編笠山からゴロゴロした岩の上を、因幡の白兎のようにピョンピョンと下ると、岩陰にコイワカガミのピンクの群落が見られる。イワカガミと見た目には同じだが、花の大きさ、葉の作りは、3分の1から5分の1程度と小さい。写真で見ても判別しにくいが現物はかなり小さい。
 編笠山を降りきると青年小屋である。ここは編笠山と権現岳の鞍部に位置しており、ここから左に行けば本日三つ目のターゲットである西岳、右に行けば編笠山の裾を捲いた観音平への下山道、そしてまっすぐ正面が当面のターゲットである権現岳への登りである。ここは権現岳を目指す。

 少し登ると『のろし場』という休憩ポイントに着く。地図表記では『ノロシバ』となっており、最初何のことかと思って調べたら、これは武田信玄が狼煙(のろし)を上げた『狼煙場』だということだった。現地の標識はちゃんと『のろし場』になっている。
 狼煙は狼の糞を乾燥させたものを使ったとかで、煙の出が良かったらしい。混ぜる薬剤によって色を変えたりもしていたとかで、それをこんな山の上で、山のあっちとこっちでの遠距離通信に使っていたのだから、エライことである。ここで5分間の休憩を容れ、山頂へ向かう。

 のろし場を過ぎると俄かに急登になり、鎖の付いたガレ場になる。このガレ山にはギボシという名が付いている。
 権現岳は山頂がふたつある、いわゆる犬の両耳のような双耳峰(そうじほう)である。標高2,715Mの東峰と、2,700Mの西峰ギボシからなる。
『ギボシ』とは何だろうか。
 ネットで調べると電線の接続端子が出てくる。漢字で書くと『擬宝珠』だろうか。擬宝珠とは、神社やお寺の階段の手すり、橋の欄干の支柱などに被せられたネギ坊主に似た金属製の装飾具である。なるほど、キボシ端子も葱坊主のようなクビレを持っているので意味は同じだろう。ついでに言うと、この形状は男根をも想像させるが、まあそれはいいだろう。
 余談だが、この擬宝珠は、町工場の板金屋で『へら出し』という技法によって、一枚の金属板から手作りされているというのをテレビで見たことがある。
 余談の余談だが、この町工場では、宇宙ロケットの部品もへら出しで手作りしているという。
 余談が過ぎたが、その擬宝珠と、この山の形状とが結び付くかというと、よくわからない。結局意味不明のままギボシを素通りする。
 なんとなく傾いて見える権現小屋を過ぎると、辺りにはハクサンイチゲの白い群落が見られる。その花を見つつ権現岳山頂に到着した。到着時刻は9時20分。編笠山からの所要時間は予定より早い1時間30分だった。

 権現岳の山頂は、先程の穏やかな編笠山とは打って変わって、いわゆるオベリスクと呼ばれる尖鋭岩峰である。その先端に、怪光を放っている物体があった。それは一体どういうつもりなのか、岩に突き立った鉄剣だった。
 これはまさに、アーサー王伝説に登場する聖剣『エクスカリバー』を髣髴させた。誰にも引き抜けない岩に突き立った剣をアーサー少年が引き抜き、王になったという、後世に漫画やゲームのモチーフにもてはやされた、別名『カリバーン』とも言うあの伝説の聖剣である。
 それが何故ここにあるのか。
 この思わせぶりな演出は、漫画世代、テレビゲーム世代にとっては実に快濶(かいかつ)であり、これを見ただけでこれまでの疲れも一気に吹っ飛ぶくらいの効果を挙げている。これを置いた人がそこまで計算していたとしたら、現代の芝桜公園や藤の花公園を手がけて経済効果を上げている名プロデューサーにも匹敵する手腕である。

 山頂は断崖絶壁の先端なので緊張感がある。ここで30分の食事休憩を容れた。予定のおにぎりを食べられないのが残念だが、今日はもうひとつの秘薬を携行していた。岩塩である。
 塩を掌に振り、ぺろりと舐める。不思議と即効で疲れが取れた。
 これが一番効いた気がする。この究極のドーピングによって、残りの予定も滞りなく遂行できるだろうことは、もはや疑いようもなかった。

 最後のターゲットである西岳を前に、先送りしてきたギボシに登った。ギボシから見る権現岳はまた異様である。
 山頂のオベリスクから下に向かって、複数の巨石が一列に連なっている。まるで五両編成のケーブルカーのようであり、さながらストーンヘンジのような、見る者にある種の興奮を呼び起こす。このような天然の石舞台はさぞかし信仰の対象になったことだろう。
 不思議な光景を前に10分間の休憩をし、ひとまず青年小屋まで降り、小屋の横のキャンプ場を抜けて西岳へと向かった。
 編笠山や権現岳から視認したところでは、西岳は山というよりも単に尾根が張り出した肩といった様相で、登るというより水平移動するだけの、早く言えば行っても仕方のない場所に見える。とはいえ、もう二度とここまで来る機会はないかもしれないので、とりあえず行ってみることにした。

 青年小屋の水場案内の標識にあった通り、数分で『乙女の水』という湧水にたどり着く。そこから先は緩い勾配を下ったり登ったりの、樹木の鬱蒼とした、アブの多い、うら寂しい山道である。八ヶ岳の中にあっても人気の薄さを一際醸し出している印象しかない。
 しかし、これはこれで、人気の八ヶ岳ではなかなか体感しにくい、孤独の中に自分の何者であるかを探求しようとする理想のシチュエーションに近いとも言える。
 青年小屋から歩くこと50分で、いきなり展望が開けた山頂に飛び出した。登ったというより単に横に歩いただけという印象だ。
 編笠山と権現岳が間近であり、その鞍部の青年小屋は、ここよりも高い位置に見える。南アルプスの景観は好いが、今朝ほど編笠山から既に見たので、取り立ててどうということもない。

 これまで山頂はすべて独り占めだったが、人気のないはずの西岳山頂には意外にも先客がふたりいた。
 山頂にもアブが多かったが、忌避剤でコーティングしている私にはたかれなかった。先客のふたりは食事中も手で追い払うのに忙しそうだったが、私はまったくこの虫ケラを無視することが出来た。
 25分間の休憩の後、青年小屋まで戻り、編笠山の巻き道を下って駐車場まで戻った。休憩を多くとった割りにタイム的には予定よりも早かった。前回はひどい不調に引退まで考えたが、今日の好調にひとまず希望が繋がった。
 車内に置き去りにされていたおにぎりを食べ、八ヶ岳を後にした。
ギボシ山頂から八ヶ岳主脈を臨む。左から阿弥陀岳、(後列に硫黄岳)、中岳、(後列に横岳)、赤岳

ミヤマキンバイ ミツバオウレン チシマアマナ
クモマナズナ ハクサンイチゲ イワベンケイ

●登山データ
2010年6月24日(木曜日)
観音平駐車場(標高1,563M)→権現岳(標高2,715M)、標高差1,152M

観音平駐車場(5時15分出発)→雲海(5時50分/休憩5分)→押手川(6時20分/休憩5分)→編笠山(7時30分/休憩25分)→青年小屋(8時10分)→のろし場(8時35分/休憩5分)→権現岳(9時20分到着)、登り所要時間:4時間05分
山頂滞在時間:30分
権現岳(9時50分下山開始)→ギボシ(10時00分/休憩10分)→青年小屋(10時45分)→西岳(11時30分)、所要時間:1時間40分
山頂滞在時間:25分
西岳(11時55分下山開始)→青年小屋(12時35分)→編笠山巻き道→押手川(13時20分)→雲海(13時40分)→観音平駐車場(14時10分到着)、西岳からの下り所要時間:2時間15分
全行程:8時間55分

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