Practice Makes Perfect/茂倉岳〜谷川岳〜万太郎山(土樽周遊ルート日帰り縦走)
今回の土樽周遊ルート中最高峰の茂倉岳(標高1,978M)。一ノ倉岳から振り返る

まずは土樽駅に立ち寄り登山届を出す
土樽駐車場から茂倉新道を行く
縦走の最終目的地・万太郎山
矢場ノ頭から土樽方向を振り返る
矢場ノ頭から茂倉岳へ続く稜線ルート
矢場ノ頭を振り返る
茂倉岳避難小屋
紅葉域を脱し一面の笹原となる
新潟側から見る谷川岳は穏やかな山容だ
茂倉岳避難小屋を振り返る
茂倉岳山頂に到着
武能岳、蓬(よもぎ)峠へ伸びる稜線
一ノ倉岳(標高1,974M)への稜線
一ノ倉岳山頂と避難小屋
新潟側と群馬側で対照的な谷川岳の山容
万年雪が残る一ノ倉沢の断崖
谷川岳山頂オキノ耳(標高1,977M)
オキノ耳山頂の様子
双耳峰の片割れトマノ耳(標高1,963M)
トマノ耳山頂の賑わい
肩の小屋
左は俎煤iまないたぐら)、右はオジカ沢ノ頭

オジカ沢ノ頭へと伸びる静かな縦走路。万太郎山への稜線はこの背後にあるため見えない

オジカ沢ノ頭山頂
オジカ沢ノ頭避難小屋

小障子ノ頭から越えてきたオジカ沢ノ頭を振り返る
小障子ノ頭から眺める大障子ノ頭と万太郎山
大障子ノ頭からオジカ沢ノ頭、小障子ノ頭を振り返る
大障子ノ頭から臨む万太郎山(標高1,954M)
万太郎山山頂
大ベタテノ頭へと続く吾策新道
吾策新道から振り返る万太郎山

茂倉岳〜谷川岳〜万太郎山(土樽周遊ルート日帰り縦走)

2008年10月17日(金曜日)

 トンネルを抜けるとそこは雪国だった、というくらいの気候変動をもたらす脊梁(せきりょう)山脈・谷川連峰。その主脈である谷川岳は標高2,000メートルにも満たない山だが、尾根筋の天神平スキー場の積雪は6メートルにも達し、一ノ倉沢の渓谷に到っては万年雪まで残る超豪雪地帯である。万年雪の頭上に聳(そび)える一ノ倉沢の凄まじい断崖は、かつて多くのクライマーの命を奪い、谷川岳といえば遭難のワールドレコードを冠する死の山というイメージが強かった。
 無論、岩壁登攀(とうはん)以外の一般登山路も存在しており、スキー場のゴンドラが通年運行していることから、これを利用すればたいして労することなく登れる山でもある。車道が通じている山と同様、私の登山対象ではなかったが、地図を買ってみると群馬・新潟県境であるこの山域は、なかなか魅力的らしいということが分かって来た。
 谷川岳から苗場スキー場に向かう西の稜線には、万太郎山、仙ノ倉山、平標山(たいらっぴょう)へと高原的な風景が延々と続き、谷川岳から北に向けては茂倉岳から蓬(よもぎ)峠へと、やはり広大な熊笹の稜線が続いている。これは一度は行って見ねばなるまいと思い返した。

 関越道を北上する。谷川岳ロープウェイの玄関口となる水上インターを素通りし、関越トンネルをくぐり抜けて湯沢インターで降りる。高速道路の側道を逆戻りすると、関越トンネル下の土樽(つちたる)パーキングエリアに着く。ここが今日の出発点である。ここから茂倉岳、一ノ倉岳と経由して谷川岳に登り、万太郎山まで稜線縦走して土樽へ戻る周遊ルートを設定した。地図上参考タイムは12時間45分だが、これまでの経験から言って10時間程度で収まる予定である。

 まずは途中のJR土樽駅に寄って登山届を出す。
 ネットの過去ログを調べて見ると、谷川岳で遭難救助を求めた人が無届けであることが発覚し、群馬県条例違反により書類送検されたという記事があった。登山というのは届出制であり、無届けの場合は罰せられるらしい。万が一のことも考えられるので届はちゃんと出しておこう。
 冬季は関越トンネルのチェーン規制で引っ張り込まれる土樽パーキングエリアのすぐ下が、茂倉新道への駐車場である。いつもの登山と比べて若干スタート時間が遅れたが、6時50分に出発する。

 粘土質の滑りやすい登山道がしばらく続き、やがて大木の根っこを乗越えて行くような道に変わる。1時間35分で樹林帯を突破し、視界の開けた矢場ノ頭に出る。眼前に茂倉岳へ続く熊笹の稜線が長く伸び、右手には縦走の最終目的地である万太郎山が確認できる。万太郎山からの下山路を目で追って行くと、谷底に白い煙突が見える。谷川連峰のどてっ腹をぶち抜く関越トンネルの換気塔だろうか。紅葉域を脱して一面の茶畑のような稜線を登り、茂倉岳避難小屋を突破すれば茂倉岳山頂まであと少しだ。
 9時50分、出発から3時間ちょうどで山頂に達した。茂倉岳の標高は1,978メートルで、谷川岳の1,977メートルをわずかに上回り、今回の縦走路中の最高地点となる。ここまで標高差1,300メートルを一気に登って来たが、後は稜線の縦走なので登り降りもたいした事はない。

 まずは稜線続きのお隣り、一ノ倉岳を観察する。これは緩やかなハイキングコースでどうということもない。一ノ倉から谷川岳に掛けては、稜線がゴツゴツしていて岩場と思われ、多少てこずるかもしれない。谷川岳から万太郎山までは、距離は長いが穏やかそうな起伏が続いている。これまでの縦走の経験から言って日帰り可能と再確認する。もし谷川岳の岩場でてこずるようなら、土合(どあい)に降りて電車で土樽に戻るという手もある。最終判断は肩の小屋に到った時点で下すとして、少し早いがここで15分間の昼食休憩を容れた。

 ここから見る谷川岳は、水上から見る威容とはずいぶんイメージが異なり、隣り合う峰々と山体を一にする谷川連峰の突起のひとつに過ぎず、一ノ倉沢の悪魔のような断崖とは対照的な、熊笹のスロープが広がるのどかな印象である。
 ここまで誰にも会わなかったが、茂倉岳山頂は既に谷川岳ロープウェイの勢力圏内らしく、ちらほらと対向する登山者が現れだした。
 一ノ倉岳(標高1,974M)からは谷川岳を真横から眺められる。右半分は今まで見てきた新潟側のなだらかな熊笹のスロープだが、左側には今まで見えなかった群馬側の凄まじい断崖があらわになる。山を巨大な斧で断ち割ったように、山半分が消滅しているかのようであり、それは光と影、天国と地獄ほどの、異様なまでの対照性を見せている。縦走路は断崖の縁に着けられているので、存分に上から覗き込める。
 この断崖こそ、多くのロッククライマーを屠り、谷川岳を遭難死者世界一にした所以である。ロープで宙吊りになった遭難者の遺体を収容するため、自衛隊がライフルでロープを狙撃切断したこともあるという。

 このあたりから大勢の登山者とすれ違うことになり、それは谷川岳のツートップ、オキノ耳(標高1,977M)とトマノ耳(1,963M)で最高潮に達する。
 谷川岳はふたつのピークからなる双耳峰である。犬の耳がピンと立ったような、ふたつの突起がある。
 11時過ぎということもあり、時間的にロープウェイ組と思われる大勢の人でごった返していた。とりわけトマノ耳の混雑はひどく、標高の高いオキノ耳よりも山頂らしい賑わいを見せていた。
 トマノ耳が圧倒的支持を得ていることは一目瞭然で、おそらくその理由は三角点にあると思われる。つまりトマノ耳には三角点という人工物があるからエラいということである。
 余談になるが、三角点とは地図を作成する目的で行われる測量作業の基準点のことで、見通しのよい場所に設置されるという性格上、山頂に建てられることが多いが、山頂そのものを示すものではない。測量官の主観によって、ただの通過点のトンガリよりも、分岐尾根のあるピークの方が地図作成上有用と判断されたものと思われるが、いずれにせよ測量官にとっては、後の登山者が三角点を目指して殺到することなど想像だにしなかったに違いない。

 とにかく、写真撮影の順番待ちでごった返す山頂をそつなく踏んだだけで通過し、ターニングポイントである肩の小屋まで一気に下る。時刻は11時20分。スタート時間の遅れが響いている感もあるが、ここで縦走を続けるか土合に下るかの決断を下さねばならない。
 ここから見る万太郎山への縦走路の印象は、なめらかで優しい曲線を描いている一方、先程まで持っていた縦走完遂の自信を揺らがせるものだった。茂倉岳から見たイメージとは違っている。先程は単純に見えた稜線もここから見ると妙に複雑だった。
 地図を広げてみるとその謎はすぐに解けた。正面のオジカ沢ノ頭の裏側が見えないため、左へ伸びる俎煤iまないたぐら)の稜線を、万太郎山への縦走ルートと誤認していたのだ。
 俎狽フ稜線は如何にも存在感があるが、立ち入り禁止なのか地図にルートは記されておらず、オジカ沢ノ頭まで行って万太郎までのルートを確認して、あらためて縦走完遂の自信を取り戻した。

 万太郎山への稜線に向けて肩の小屋を一歩下りると、先ほどまでの喧騒が嘘のように誰もいなくなった。何か人の侵入を許さない不可視の結界がそこにあるかのようであり、或いはこの先の存在そのものが皆から無視されているかのようでもある。そうした一般の評価とは裏腹に、一面熊笹に覆われた高原状の起伏が延々と続く光景は、主観的にはこの日一番のものだった。一歩歩くごとに微妙に変化する山の曲線は飽くことなく眺めていられる。選ばれし者のみに許された自然の美術館だった。

 この稜線にはいくつかの大きな起伏がある。オジカ沢ノ頭、小障子ノ頭、大障子ノ頭である。名前こそ付いているが、地図を見ても標高数値は書かれていない。名称に“山”と付かないのは大した起伏ではないということだろうが、私にとっては充分“山”と言っていいレベルだった。谷川岳山頂を素通りしてきたので、オジカ沢ノ頭で10分間のオヤツ休憩を容れる。
 この山頂に立ってみると、万太郎山・俎狽フ稜線分岐が明瞭になる。
 オジカ沢ノ頭を下ると下からふたりの登山者が登って来た。それはあたかも一面のお茶畑で茶摘している人のように駘蕩と見えた。自分以外にここを歩く人がいるのが物珍しくて声を掛けると、平標から縦走して来たと言う。
 その後、小障子ノ頭を越え、大障子ノ頭を越えると、いよいよ万太郎山本体が全容を現す。これまでずっと太陽を前にして歩いてきたため、その風景はすべて逆光だった。振り返ると、これまで歩いてきた稜線が実に美しい。そこまで計算したことはなかったが、そういうコース取りもあるんだなと気付かされた。

 異様な石が落ちているのを見つけた。まったくの唐突だが、赤みのある細長い鉄のような光沢を帯びたそれはダガーナイフのようにも見えた。あたりには他にそうした石自体落ちておらず、それは妖気を帯びているようにさえ見えた。最終到達点の万太郎山に登ったら、そこから吾策新道を土樽に向けて下山することになるが、このルートは前情報によると、ずいぶん荒れている上、熊の目撃情報まである。
 想定の範囲内として今後起こりうる荒れた下山路での熊との格闘に備えて武器が置いてあるように見えた。敵地の入り口に武器が置いてあるのはロールプレイングゲームの定石である。そう考えると石がエクスカリバーにも見えた。
 “我を手にせよ”
 エクスカリバーが云った。

 万太郎山山頂(標高1,954M)に到着したのが14時05分。遂に縦走を成し遂げた。ここまで来ればあとは降りるだけである。
 振り返ると今まで歩いて来た縦走路すべてを見渡せる。矢場ノ頭にはじまり、茂倉岳、一ノ倉岳、谷川岳、オジカ沢ノ頭、小障子ノ頭、大障子ノ頭と一望できる。正直よくもまあ、歩きに歩いてきたものと我ながら感心する。
 反対側に目を向けると、仙ノ倉山から平標山へと、まだまだ縦走路は続いているが、それはまたの機会として、ここで縦走を終了する。ここで下山する。
 下山路での熊との闘いに備え、10分間の食事休憩をとり、意を決して吾策新道に分け入る。テレビのニュースで見た、山菜取りに行って熊を投げ飛ばしたオジサンのエピソードが脳裏に浮かぶ。いきなり出くわしたら逃げるのはまず無理だろう。行き着く先は対決しかない。

 急勾配の道を下る。熊笹の刈り跡が滑る。土がぬかるんでいて滑る。熊笹につかまって慎重に降りる。熊笹が藪化していて道が埋没している箇所がある。分からない。藪を手で払いのけて踏み跡を探す。道が崩落している個所がある。補助ロープが張ってあるところもあるが、何もないところもある。滑落して捻挫でもすれば自力での下山は困難になる。このようなロングディスタンスを成功させるには、スタミナや精神力の裏付けは言うに及ばず、とにかく怪我をしないことである。なぜなら登山道というのは歩きやすい場所ばかりではないからであり、捻挫をするくらいの機会はいくらでもあるからである。特に下山時は重力加速度が付くためその危険が高い。
 薄暗い森の中を夢の中を彷徨(さまよ)うように下り、16時ちょうどに舗装された林道に出た。山頂から1時間45分で魔界を脱した。熊との遭遇はなかった。
 この林道への脱出口は木に赤いリボンが吊るされているだけで道標はない。道もあまりはっきりしないので、もしこのルートを登りに使う場合は注意が必要だろう。
 林道をしばらく下ると、またもや赤いリボンの下がっている箇所がある。とても道には見えないようなところだが、地図によると、これは林道工事の迂回路だったらしい。この日現在この区間の工事は終わっている。
 土樽パーキングエリアを大きく迂回して、駐車場に着いたのが16時40分だった。万太郎山からの下山時間は2時間25分。全行程は9時間50分になった。
万太郎山から振り返る縦走路の全容

●登山データ
2008年10月17日(金曜日)
土樽駐車場(標高684M)→茂倉岳(標高1,978M)、標高差1,294M

土樽駐車場(6時50分出発)→矢場ノ頭(8時25分)→茂倉岳山頂(9時50分到着)、登り所要時間:3時間00分
山頂休憩:15分
茂倉岳(10時05分出発)→一ノ倉岳山頂(10時20分)→谷川岳オキノ耳(11時05分)→谷川岳トマノ耳(11時15分)→オジカ沢ノ頭(12時10分/休憩:10分)→小障子ノ頭(12時50分)→大障子ノ頭(13時25分)→万太郎山山頂(14時05分到着)、茂倉岳山頂からの所要時間:4時間00分
山頂滞在時間:10分
万太郎山(14時15分下山開始)→林道(16時00分)→土樽駐車場(16時40分到着)、万太郎山からの下山所要時間:2時間25分
全行程:9時間50分

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