Practice Makes Perfect/一切経山・駱駝山
浄土平ビジターセンター駐車場から登山開始
中腹より噴煙上げる一切経山。火口横の直登路は通行禁止だ
霜の降りた木道から迂回してゆく
酸ヶ平(すがだいら)分岐を右折
酸ヶ平避難小屋
植生のない山頂近くは道を示すロープを辿る。
一切経山山頂(標高1,949M)
『魔女の瞳』の異名を持つ五色沼
薄い道すじが浮かび上がるシモフリ新道入り口
隣の駱駝山目掛けて降下する
吾妻小富士クレーターと磐梯吾妻スカイライン
ふたコブからなる駱駝山

駱駝山から一望する浄土平。吾妻小富士と奥には東吾妻山
噴煙の上がる一切経山

磐梯吾妻スカイラインに向けて降下する
不動沢登山口分岐をカモシカ沢方面へ辿る
スカイラインが見えてからが結構遠い
スカイラインは有毒ガスが流れてくるため駐車禁止だが、下から自転車で登ってくる人も結構いる

池塘の多い浄土平
浄土平駐車場に到着。平日にもかかわらず駐車場入り口には長い入場待ちの車列ができている

一切経山(いっさいきょうざん)・駱駝山(らくだやま)

2025年10月24日(金曜日)

 2023年から夏の暑さに異変を生じているが、今年2025年は亜熱帯化したかのような長く辛い夏になった。関東の梅雨入りが6月6日、梅雨明けは統計史上最速の6月27日で期間はわずかに3週間。8月5日には群馬県伊勢崎市で41.8℃の国内最高気温を更新したのをはじめ、統計史上最多の全国12地点で40℃を記録した。連続猛暑日日数、年間猛暑日日数ともに過去最高となり、全国の気象台153地点のうち132地点で6月から8月にかけての平均気温が過去最高、熱中症による死者過去最高と、まさにデッドオアアライブの長い試練への幕開けを感じる。
 10月に入ってようやく小康を得たものの、取って代わった話題は熊出没による人的被害ラッシュである。東北地方を中心に市街地でいきなり人に襲いかかる人喰いグマが社会問題化し、とりわけ岩手県北上市の温泉旅館の従業員が、露天風呂の清掃中に拉致され殺されるというニュースがショッキングだった。関東でも群馬県沼田市のスーパーで買い物客が襲われたり、雨戸を閉めようと玄関開けたら突然噛みつかれたりと事態は深刻だ。個体数の増加に加え、冬眠前の蓄えとなるドングリ不足、人里との緩衝地帯の減少が原因とされているが、私の住む秩父市でも、西武秩父駅近くの市街地や、秩父ミューズパークに出たとかで、対岸の火事ではなくなってきている。
 人の生活圏を脅かす人喰いグマは駆除対策が必要だが、山菜採りや登山となると話は別で、わざわざ熊のテリトリーに熊鈴と忌避スプレーのみで踏み入って行くわけだから、自殺行為の愚行と見られても仕方がない。私も今季鹿島槍ヶ岳のリベンジを期していたものの、連日SNSを騒がせている山頂付近をうろつく親子グマが、驚いて逃げたハイカーの残した弁当を喰らったとの記事に、やむなく自粛を決め、その後忙しさにかまけて山に行く機会を逸している。

 ようやく、高山の紅葉もあらかた終わってしまった10月下旬になって、夜中の3時に家を出て東北道を北上した。目指したのは福島山形県境に跨る巨大山塊・吾妻(あづま)連峰の一郭で唯一噴煙を上げる活火山・一切経山である。
 福島西インターを降りると、市街地から近いすぐ目の前の山の上に、フジツボのように飛び出た吾妻小富士を認めることができる。山深い場所をイメージしていたが、思っていたよりも近くて大きい。
 磐梯吾妻スカイラインの連続ヘアピンを上り詰めると、下からは想像し得なかった、火山ガスによって植生の失われた荒涼とした台地が広がり、件のフジツボクレーターのすぐ隣には、レストハウスを備えた浄土平ビジターセンターの有料大駐車場が整備されている。秩父の自宅から300キロの道のりを4時間かけ、朝7時に到着した。有料とはいえ、この時刻料金徴収はなく、ゲートもないので普通に入れた。駐車台数300台の一割ほどが入っており、施設の開店前にも拘わらず、スカイラインの途中々々路駐の車列を作っていた紅葉刈りの観光客と同種の人たちだろうか、50人ほど気温2℃の車外をうろついている。

 この既視感、草津白根山と酷似している。草津白根山は2018年の噴火以降、湯釜に代表される観光事業がストップしているが、ここ浄土平はかつての湯釜の反映を彷彿させるほど、観光地として活況を呈している。気象庁による一切経山の噴火警戒レベルは1(活火山であることに留意)だが、山腹から立ち上る白い噴煙は駐車場からも近く、草津が何の前触れもなく、しかも監視装置で警戒していた湯釜とは全く別の場所から噴火したことを鑑みると、この目の前の長閑さもどこか虚ろに見える。わざわざ山になぞ来なければ、熊に襲われることもなく、噴火に巻き込まれることもないのである。

 朝食のおにぎり一個を手早く平らげ、7時8分登山開始。ヘルメットを携行しているのは私ひとりきりで、周囲のハイカーは見える範囲で至って安穏だ。レベル1とはいえ、あくまで噴火予知は不可能、この日現在でも噴煙を上げる大穴火口近くの直登コースは通行禁止なのである。
 霜で真っ白になった木道を辿って酸ヶ平(すがだいら)を迂回するルートは、登りらしい登りもなく、労することなく1時間3分で登れてしまう。名物の爆風もどこへやら、清々しいばかりの蒼天静穏を以って、『魔女の瞳』の異名を持つ五色沼も、静かに碧い水面(みなも)を湛えていた。

 植生一切を許さない、活火山らしい一面茶褐色のだだっ広い山頂部の端っこには、登山道と外界とを隔てるロープが張られ、控えめながら小さい立ち入り禁止の標識がポツンと一枚立っている。しかし注意深くよく見ると、その一角に封鎖を解除された1スパンがあり、赤い地表を薄く掃いた道すじが、朧(おぼろ)げに浮かび上がっていることに気付く。行き先の案内はなく、歩く人影も一切ないが、これこそが、探していた本日ここに来た目的である『シモフリ新道』の入り口に違いない。さながら不可視の橋を見破ったインディ・ジョーンズのように、再帰性投影技術(光学迷彩)かよと一人悦に入った。
 手持ちの地図には、一切経山山頂から隣のラクダ山へと続く薄いグレーの破線で一応しるされてはいるものの、火山活動の影響からか廃道化していたようで、ネットによると近年地元の有志により、『シモフリ新道』として再整備されているとのことだった。一切経山といえば『魔女の瞳』ばかりピックアップされるが、私としては、あたかも火星にでも降り立ったかのような現実離れした光景を、わざわざ4時間かけて見に来たわけである。
 山頂結界の外は、尾根と呼ぶにはあまりに平らで広すぎ、植生も薄いため踏み跡が分かりにくい。ところどころに施されたピンクリボンだけが頼りで、ガスに巻かれたらコースをロストする惧れは多分にある。見通しがいい割に最初のうち目的地の駱駝山がどこなのか判然としないが、正面にクレーターが見えているので、それを基点に下って行けば、やがてフタコブラクダのような岩山にたどり着ける。
 駱駝山からの何ら遮るもののない一望は、ベジータとフリーザが闘った跡というか、他では見ない不思議な印象を受ける。ここで初めてリュックを下ろしておやつ休憩を容れた。

 さて、ここからどうやって駐車場に戻るかである。足下のスカイラインは草津の殺生河原同様、有毒ガスのため駐車禁止で、歩道もないので歩くことは躊躇われる。ガスを避けるには今降りてきた道を登り返すのが賢明なのだが、しばらく観察していると、道路の路肩に数台の土木事務所の黄色いトラックが駐車して、交通整理の警備員を立てて何やら工事をしていたり、ロードレーサーの一団が車列を組んで登って行ったりと、毒ガス濃度も規制も特に問題なさそうに見える。第一、手持ちの地図にはスカイラインに並走する『ぬる湯温泉コース』というのがちゃんと描かれていたりもする。シモフリ新道の続きも気になり、このままスカイラインに降りることにした。
 一切経山から駱駝山まで誰にも会わず、やはり地図にも正式承認されないルートはスキーでのコース外滑走同様、反社的行為で不謹慎かしらと気後れしていたところ、この下山路では単独者からパーティーまで、全部で10人ほどのハイカーが登ってきたので一先ず眉を開いた。彼らが一様にクマ鈴を付けて警戒していたのに対し、付けていない自分はいささか不謹慎だったかもしれない。

 駐車場入り口から100メートルほど、入場待ちの車列が伸びていた。レストハウスの営業も始まっており、本館前の売店にも賑わいができている。リュックを背負ったままレストハウスに入り、まだ空いている席に腰掛け、ラーメンとクリームソーダを券売機で購入した。
 ここの食券ナンバーをマイクで呼び出すお兄さんが一風変わったエンタメ調で面白い。
「食券ナンバー、50 … … 2番!! 食券No.52番のお客様!! お待たせいたしました!!」
「続きまして、食券ナンバー、50 … … … … 3番!! 食券No.53番のお客様!! お待たせいたしました!!」
 てな具合にやっている。呼ばれる方も思わず身構えたくなる演出だろうか。少しでも盛り上げようというマニュアルに縛られない前向きな姿勢の表れなのか、しばらく興味深くそれを聞いていた。
 食事を終えて表に出てみると、目の前の吾妻小富士の小洒落た遊歩道には大勢の観光客が蟻のように列を成していた。このクレーターにも登ってみるつもりだったが、見る見る気持ちが萎え、この日の山歩きはこれでお開きとした。後はスカイラインを少し下った高湯温泉の共同浴場で整えれば、この日の予定はすべて終了する。
 とにかく、本日の運試しの愚行は、クマにも遭わず、噴火に遭うこともなく、無傷で帰途につける幸運をこのお湯に感謝したい。この二つの要因、山に入ってからではどうにもならないのは間違いない。

●登山データ
2025年10月24日(金曜日)
浄土平ビジターセンター駐車場(標高1,580M)→一切経山(標高1,949M)、標高差369M
浄土平ビンジターセンター駐車場(7時08分出発)→酸ヶ平分岐(7時42分)→一切経山山頂(8時11分)、登り所要時間:1時間03分
山頂滞在時間:8分
一切経山山頂(8時19分下山開始)→シモフリ新道→駱駝山山頂(9時02分)、所要時間:43分
滞在時間:14分
駱駝山山頂(9時16分)→カモシカ沢分岐(9時41分)→磐梯吾妻スカイライン(標高1,473M地点/10時04分)→浄土平ビジターセンター駐車場(10時41分到着)、下り所要時間:1時間25分
全行程:3時間33分

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