Practice Makes Perfect/金時山
現地到着が9時過ぎと出遅れたため、800円の有料駐車場にクルマを入れる
公時神社入口。この先の有料駐車場はロープで閉鎖されていた
特務機関NERV(ネルフ)仙石原前哨基地
第3新東京市(箱根町)ネルフ本部・環境整備部の文字が見える
内部ブースには熊に跨った金太郎をあしらっている
災害対応自販機を設置。緊急時に飲料を無料で提供するとある
公時神社
社務所。帰りにお札と絵馬を購入
坂田公時の碑。源頼光の四天王として大江山の酒呑童子を討伐したと書かれている。私も菊地秀行の小説『鬼童子』を読んだ
公時神社奥の院
金時宿り石
山頂到着。箱根山と噴煙たなびく大涌谷が見える。登ってみたいが大涌谷周辺はこの日現在立ち入り禁止になっている
金時山山頂(標高1,212M)。前日に富士山が初冠雪したことで訪れた人も多いようだ
新田次郎の小説『強力伝』の主人公・小宮正作のモデルとなった人の娘さんが営む元祖・金時茶屋(金時娘の茶屋)。どうしたことか、この日は固く雨戸が閉ざされ営業していない

金太郎茶屋は営業している
金太郎茶屋の名物・まさカリーうどん(¥1,000)。ようやくこの日の朝食にありつけた。ガラムマサラを振れば辛くてより美味しい。これで足に力が戻るだろう

金時山

2023年10月6日(金曜日)

 この日、関東甲信越各地の山では風速15メートルから20メートルの強風が予報されており、そんな中、唯一安閑な地帯が箱根・金時山だった。
 秩父の自宅から箱根へ向かうルートは幾つかあるが、安全な東名高速経由ではなく、リスクの高い埼玉山梨県境の雁坂道路を選んだ。リスクとは増えすぎた鹿のことである。昨年の真夜中、飛び出してきた二頭の鹿を避けきれずにクルマを壊して以来、山道を走ることがすっかりトラウマになってしまったわけだが、この心の枷を打ち壊すには山道に真っ向から全力で挑む以外方法がない。とはいえ、仕事疲れから夜中に起きだす元気もなく、結局自宅を出たのが明るくなってからの6時というヘタレ具合いだった。それでも公時神社の駐車場に着くのが9時、登頂するのが10時半、下山が12時、帰宅が16時の、登山というには余裕のプランニングなのである。
 見通しの効かないカーブの先に怯えながらの峠越えとなったが、まったくの無策で挑んだわけではなく、鹿避けの笛を二つ付けている。効果があったのか幸いこの日は往復路とも一頭も見かけずじまいで、わずかに心のわだかまりも晴れた気がする。次回は暗いうちに攻めてみたい。

 金時山は金太郎こと坂田公時の生誕地で、箱根外輪山の最高峰である。『足柄山の金太郎』というが、足柄山とはこのあたり一帯の足柄山地の総称らしく、東富士五湖道路を南下して御殿場に入ると、目の前にその山並みが現れ、一際コブのように頭一ついびつに突出した異様な山容が、目指す金時山に違いないと確信できる。
 乙女トンネルを下ると鬱蒼とした樹林帯の道路左手に、突如そこだけパッと開けた公時神社入り口とゴルフ練習場があり、その対面には20年前の国産スポーツカーをずらりと並べたレンタカーショップが構えている。一応神社入り口を入って突き当たりのトイレ前駐車場に行ってみたが、だいぶ出遅れたこともあって10台ほどのスペースは案の定満車だった。前情報では神社の無料駐車場には30台置けるとあるが、トイレ脇の境内へと続く道には、これより先は参拝者専用と書かれていたので、憚って通り抜け、レンタカー屋の脇を入った遮断機付きの有料駐車場にクルマを入れた。50台ほど置けそうなスペースに、平日朝9時で10台ほどが止まっていた。ちなみにゴルフ練習場前にある登山者用の有料駐車場は、ロープが張られ使えなかった。

 レンタカー屋の庭先では、スポーツカーの前で外国人観光客たちが屯(たむろ)して写真撮影に興じていた。ここ箱根や芦ノ湖は、かつてスーパーカーブームを巻き起こした漫画『サーキットの狼』の公道グランプリを皮切りに、現在では『MFゴースト』に引き継がれる走り屋の聖地である。また、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の舞台が箱根町に移転した第3新東京市だったことから、各所にエヴァの観光スポットがあり、ここ公時神社にも特務機関NERV(ネルフ)の仙石原前哨基地(観光トイレ)が置かれている。
 
 箱根外輪山最高峰とはいえ、駐車場から山頂までの標高差は528メートルに過ぎず、わずか59分で登れてしまう。とはいえ今回は朝食抜きで臨んでいるため、後半はヘロヘロで、しかも念の入ったことに食料を持参していない。山頂に二軒ある茶屋それぞれの看板メニューを当て込んで来たわけである。
 『元祖・金時茶屋』は別名『金時娘の茶屋』とも言われ、新田次郎の小説『強力伝(ごうりきでん)』の主人公・小宮正作のモデルとなった人の娘さんが営んでいる名物店である。この金時娘目当てのハイカーも多いそうだが、あいにくこの日は雨戸に固く閉ざされ、落胆が口を衝いて出るハイカーも少なくなかった。或いはだいぶ高齢とのことなので、すでに廃業したものだろうか。
 昭和16年、富士山測候所で新田ら気象庁職員をサポートしていた小宮は、風景指示盤となる50貫(187kg)の石材を、標高2,932メートルの白馬岳山頂まで二度も担いで登り、その無理が祟ったのか二年後に死んだ。
 坂田公時は、赤竜と山姥の間に生まれた人外の子とされ、幼少期は熊と闘って負けたことがなく、源頼光の四天王となってからは、邪悪な鬼軍団のボス酒呑童子をも討ち斃した。足柄村に生まれ育った小宮は自らを金太郎の再来と信じ、人外の力を証明するかのように白馬の事業に命を賭した。

 山頂には30人ほどのハイカーが寛いでいて、前日に富士山頂が初冠雪したとかで、わざわざそれを見に登ってきたという人もいれば、レンタカー屋にいた連中と同様、半袖短パンで何ら荷物も持たない、でかい白人の男女も数人混じっていた。
 『金太郎茶屋』は営業中だったので、リュックを降ろして看板メニューのまさカリーうどんを注文した。まだ時間が早いためか、他に食事している人はおらず、ようやくこの日の朝食にありつけた。
 食事を運んできた女将に、隣は廃業したのか訊いたところ、笑顔の内に一瞬翳りが差し、
「やってますよ、今は週末しか登って来ないようですけど」
 との返事だった。やはりミーハーの本命は隣かとの機微を察し、この話題を打ち切り、うどんと一緒に運ばれてきたガラムマサラを振って食事に専念した。ほんのり辛くて美味しかった。
 
 それにしても、百名山でもないこんな小さな山に、歩いてしか登れない小さな山頂に二軒もの茶屋が年間通じて営業しているとか、登山口の駐車場も決して安くないのに、平日にも拘らずこれだけ大勢のハイカーで賑わうのは一体何故なのか。これを成立せしめているのは金太郎と富士山のパワーなのか。不思議な山である。  

●登山データ
2023年10月6日(金曜日)
金時神社駐車場(標高678M)→金時山(標高1,212M)、標高差534M
金時山登山者用有料駐車場(9時23分出発)→金時山山頂(10時22分到着)、登り所要時間:59分
山頂滞在時間:31分
金時山山頂(10時53分下山開始)→金時山登山者用有料駐車場(11時46分到着)、下り所要時間:53分
全行程:2時間23分

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