Practice Makes Perfect/八ヶ岳(本沢温泉ルート日帰り)
左の岩稜が横岳(標高2,829M)。中央が八ヶ岳最高峰の赤岳(標高2,899M)。右が阿弥陀岳(標高2,805M)。硫黄岳山頂から臨む

稲子の湯手前にある本沢温泉への分岐
本沢温泉入り口。ここからは4駆のみ入れる
腹をこするような凹凸の激しいダート
ゲート前駐車場。ここから登山開始
本沢温泉。ここで登山届を出す
夏沢峠から硫黄岳へのガレ場登り
硫黄岳の爆裂火口から本沢方面を覗く
硫黄岳爆裂火口壁
硫黄岳山頂から天狗岳
硫黄岳山頂から赤岳と阿弥陀岳

まずは横岳へ向かう
コマクサの群生地
横岳の主脈。手前から奥の院、大権現、三叉峰
イワヒバリ。たくさんいる
大同心
奥の院から硫黄岳を振り返る
三叉峰と富士山
横岳山頂から臨む赤岳と、その背後は権現岳
阿弥陀岳
越えてきた横岳山頂を振り返る

!?、何故か石尊峰にある大権現の石板。右奥は三叉峰
鉾岳は登らず、反対側の下部を鎖にすがって迂回する
越えてきた日ノ岳(奥)と二十三夜峰(手前)を振り返る
地蔵の頭から二十三夜峰と日ノ岳を振り返る
赤岳と赤岳展望荘
赤岳展望荘
いよいよ赤岳本体にアタック開始
最後の急登
赤岳山頂
山頂から赤岳頂上小屋
下山に取り掛かる頃には雲が急速に登ってきた
本沢温泉、混浴野天風呂(標高2,150M)

八ヶ岳(本沢温泉〜赤岳往復日帰り)

2008年7月22日(火曜日)

 八ヶ岳(やつがたけ)の語源については諸説あるが、文字通り八つの山の総称とすればわかりやすい。最高峰の赤岳(あかだけ/標高2,899M)以下、横岳、阿弥陀岳、硫黄岳、権現岳、天狗岳、編笠山、そして北横岳とする説である。その総延長は南北30kmにも及び、これらをひとくくりにまとめて八ヶ岳連峰と呼ぶ。広大なエリアなため、一日でそのすべてに登るのは不可能だが、バリエーション豊かな登山コースの中から、自分の目的に合ったルートを選べば良いだろう。
 今回は初めての八ヶ岳ということもあり、とりあえず硫黄岳から横岳を経て主峰赤岳へ至る稜線縦走ルートを選択した。登山口は本沢(ほんざわ)温泉で、日帰りで往復する。

 6時には登山をスタートしたいので、久しぶりに夜中の2時半に起き、3時に家を出発した。上信道に乗るとポツポツと雨になり、軽井沢あたりでは雨なのか霧なのか、間欠ワイパーでは間に合わないほどの降りになった。最後のトンネルを抜けて佐久に出ると明るくなったので、ひとまず愁眉を開いた。
 国道141号線を南下し、松原湖入口のところを右折する。小海リエックススキー場右折のところを直進して、すぐにあるはずの本沢温泉への左折分岐を探すが、どうもそれがわからなかった。地図を見て入った道がどうにもならない藪で、路面は凄まじい泥濘となった。これ以上の進入を断念し、一旦入ったところまで引き返す。
 しかし硫黄岳は見えているので、とりあえず舗装道路を登った。稲子の湯の看板を目指して登ると、やがて途中で本沢温泉入口の看板を見つけられた。ここを左折して舗装路を辿り、やっと本沢入り口に到着する。このルートで来れば何のことはなく、無駄にクルマが汚れることもなかった。

 FF車や最低地上高の低いクルマはここから先には入れない。ここに置いて林道を歩くことになり、本沢温泉までは2時間の道のりだ。
 四駆ならもう少し入っていいことになっているが、入ってみるとサイドミラーを藪にこするような狭さで、路面の凹凸は凄まじく、大きな石が路面に顔を出しているところもあり、山の水が川となって道路を横断している個所は大きな堀になっていた。
 クルマをバウンドさせない静かな運転と、5センチを見切るライン取りができなければ、車体の腹やタイヤの腹をこすって傷つける危険が高い。
 日当たりが悪く、雨でぬかるんだ路面はスタックしそうな個所がいくつもあり、路肩に滑り落ちそうな所もある。もしスタックして動けなくなったら、入る人出る人皆に迷惑が掛かるので、よほどの自信がない限りこの道に入るのはやめたほうがいいだろう。私のクルマの最低地上高は185ミリだが、これでもギリギリだったと思われる。
 もし不幸にして対向車が来た場合、すれ違いのできる個所までどちらかが下がらねばならないが、そうした待避スペースも半ば藪化しているので、藪に車体をこすり付ける覚悟も必要である。幸い早朝に入って夕方出たので、どちらも誰にも出会わなかった。
 本沢入り口からゲート前駐車場までは9分掛かった。ここには5台ほどしか置けないが、山小屋関係と思われるクルマ以外誰もいなかった。
 四駆もここまで。ここが本日の登山のスタート地点となる。
 ここから帰ることを思うといささか憂鬱になるが、軽く朝食を済ませ、6時05分に登山を開始した。

 膝の故障という最大の障害を前回の登山で克服し、体力的憂いのなくなった今、どの程度時間の読み通りに歩けるかが今回のテーマである。地図上参考タイムは積算して12時間だが、これを休憩込みで、一日の活動限界11時間以内で終わらすことが今日の『読み』である。
 歩き始めると道はすぐに原生林の様相を見せ始め、出発から50分で本沢温泉に到着した。ここに登山届が設置されているが、うっかり見落とし、出すのを忘れてしまった。今までそんなことはなかったのだが、今日は寝不足の影響が早くも出ていたのだろうか。今後は気を付けたい。
 本沢温泉から夏沢峠までは40分の登りである。ここからは森林限界を突破した高山の様相に一変する。五つほど続くケルンに沿って、まるで河原のような浮石のガレ場を登り、硫黄岳(標高2,760M)山頂に到着した。
 8時15分。出発から2時間10分と大した事ないが、その景色があまりに雄大なため、ここでリュックを下ろして休憩した。

 硫黄岳の山頂は一面石を敷き詰めたグランドの様に平らで広い。
 その左端にはここがかつて火山だった痕跡たる爆裂火口の断崖が荒々しく本沢温泉に向かって落ち込んでおり、振り返ると少し離れて二つの山頂を持つ天狗岳が見え、何よりもこれから進む眼前に、一大パノラマをなす主峰赤岳と阿弥陀岳が圧倒的存在感を放っている。
 ここまで登山者をほとんど見なかったが、この硫黄岳山頂には異様に人が集まっていた。大勢の人が入れ替わり立ち代り山頂標識の前で記念撮影をしている。普段平日の登山では、ほんの数人にしか会わないのだが、この八ヶ岳はずいぶん人気が高い。富士山には及ばないものの、非常に多くの登山者が往来しているのには少なからず驚いた。

 ここから眺める赤岳はほんのすぐそこに見える。ここまで出発からわずか2時間10分とハイキング程度に登ってきたわけで、当初は赤岳往復で終わらせる予定だったのだが、これなら阿弥陀岳まで行けるんじゃないかと欲も出てくる。今まで麓から標高差850メートルを登り続けてきた訳だが、これ以降はアップダウンも多寡の知れた稜線縦走である。意外に簡単な山だなと安易に思えてくるのだが、もちろんこれは経験不足による錯覚で、結果から言うとここから赤岳まで実に3時間も掛かるのである。
 15分の休憩の後、縦走に出発する。
 よく晴れているが風が冷たい。森林限界を超えているということは、木陰などまったくなく、常に直射日光に晒されながらの山歩きとなるわけだが、半袖では寒いくらいである。昨年の今頃行った富士山よりも寒く、無論今年に入って登った秩父のどの山よりも寒い。

 やがて今回の縦走の最大のネックである横岳(標高2,829M)に到達した。
 横岳は十ほどもある岩峰群の総称で、鎖や梯子にすがらねばならない岩場歩きが待ち受けている。ここをクリアするのに思いのほか時間を費やした。この区間のみはストックを束ねてリュックにくくりつけるが、伸縮性ではないので崖や鎖に引っかかり、いささか邪魔だが、それも慣れると次第にさばけるようになって来る。
 ところで地図によると、横岳を構成する岩峰の最高峰は大権現となっているが、どうも奥の院と大権現の位置関係がわかりにくい。標高2,829Mの標識のあるところは奥の院に思えてならなかった。
 さらには三叉峰(さんじゃほう)下の杣添(そまぞえ)尾根分岐を越えたところの、地図上では石尊峰の位置に『大権現』の石板が置かれていたり、無用の混乱を態(てい)している。
 混乱しつつも鉾岳(ほこだけ)の下を回り込むように鎖にすがり、日ノ岳のルンゼの急降下を鎖にすがり、二十三夜峰の鉄梯子を降りればようやく複雑な横岳エリアは終了する。

 ここからは単純である。
 八ヶ岳の最高峰、赤岳本体が視界いっぱいに飛び込んでくる。その最後の急登はありえない角度でせり上がっていて、そこだけがバベルの塔の様に異様だった。すでに出発から4時間35分歩き、この時間帯からのこの急登はいささか辛いかもしれないと思った。
 ところで、あれだけ大勢の人がひしめいていた硫黄岳を降りると、嘘のように人が少なくなった。あの人たちは一体どこから来て、どこへ行ってしまったのだろうか。話を聞くと、高山植物を見るためだけに来る人もいるそうで、登山口も下山口も山小屋もたくさんあるこの八ヶ岳では、実に様々な楽しみ方があるようだった。

 赤岳の根元にある赤岳展望荘を抜け、いよいよ最後の急登に取り付く。
 見上げると先行者二人が四つん這いになって登っていた。この山は浮石が多く、この傾斜ですぐ後ろに続くと落石を食らう危険があるため、しばらく待つことにした。
 やがてラインが開いたので、おもむろにダブルストックで一気に登った。上で待ってくれていていた下山者のおじさんが、
「あなたはプロですか?」
 と訊いてきた。
「いや、プロじゃありません」
 と我ながら間抜けな返答をしたが、どうも登るのが手馴れているということらしい。
 スキーで転倒し、板がリリースして斜面の上に置き去りになった場合、このようにダブルストックで板の回収に登ることはしばしば経験した。プラスチックのスキーブーツのつま先を雪面に蹴り込み、時に走って登ることもある。無論最大傾斜線の直登である。この体のバランスを体得しているスキーヤーにとって、この程度の岩場を登山靴で登るなどは児戯に等しい。その意味ではなるほどプロと言えるかもしれない。

 赤岳山頂に11時15分到着。出発から5時間10分である。山頂はあまり広くないので、少しはなれた頂上小屋のテラスまで引き返し、30分の昼食休憩を容れる。
 この頃から下界に滞留していた雲海が急速に上昇しだし、今までずっと見えていた富士山はおろか、すぐ隣の阿弥陀岳をもたちまち覆い隠してしまった。
 本沢温泉に戻る予定時刻は16時なので、阿弥陀は割愛して下山に取り掛かる。

 ここで小さな事故が起こった。横岳の岩場に掛かるとにわかに集中力が途切れ、石につまづいて谷へダイブしそうになったのである。
 スキーでコブ斜面を滑る場合、バランスを崩した時は自動的にストックワークとボディバランスで姿勢を復元するジャイロ機能が備わっているが、今回もそれが作動して危うい所で踏みとどまった。まさに山にあっては一瞬の気の緩みが生死の分かれ目になりかねず、これは気を引き締めないといけない。
 後は難なく横岳を抜け、残すは硫黄岳のみとなった。

 朝、日焼け止めクリームをたっぷりと塗ってきたのだが、日陰のまったくない森林限界上の稜線歩きで、いつしかすっかり汗と共に流れ落ちてしまい、気が付くとひどく日焼けしていた。スキーでは汗をかかないが、夏山ではやはり衣服による紫外線対策をしたほうが良さそうである。

 夏沢峠から鬱蒼とした原生林に入り、本沢温泉に15時25分に到達した。
 本沢温泉の野天風呂は標高が2,150メートルあり、日本最高所の野天風呂である。標高としては立山のみくりが池温泉の方が高いが、一切の天井や壁の無い野天風呂としては、本沢温泉が最高所であり、通年営業の温泉施設としても最高所である。
 あたり一帯硫化水素臭が漂い、お湯は白濁した酸性温泉と魅力的要素に富んでいる。これは是非入らねばならず、ここを登山の起点に選んだのもこのためである。
 実はこの野天風呂、上の登山道から遠目ながらも丸見えである。誰もいないことを確認し、本沢温泉の山荘まで降りて入浴料を支払う。別料金で泉質の異なる内風呂もあるが、今回は野天のみでいいだろう。
 ところがリュックを下ろして中から財布を出そうとしたら、ショルダーストラップがブチ切れた。もともと量販店で買った安物だが、これは一体何の前兆なのか。とりあえずショルダーストラップとウェストストラップを縛りつけ、応急処置とした。

 この野天風呂は山荘から登山道を5分ばかり登った場所にある。つまり下山時に入る場合、一旦野天風呂をスルーして、山小屋で料金を払い、また登山道を登り返さねばならないという面倒さがある。先に入って後で料金を払えばこんな手間は要らないのだが、温泉への分岐入り口には無断入浴禁止という立て札があり、馬鹿正直な私はこれに躊躇して従ったわけである。
 道を登ってゆくと、先行者がいることに気が付いた。軽い手荷物を持った若い女性が一人、登って行く。どうやら山荘でリュックを修繕している間に先行されたらしい。

 声を掛けてみるとやはり風呂に行くという。そちらもですか、と訊くので、私はこの分岐入り口で待ちましょうと云った。この先に浴槽はひとつしかない。つまり混浴である。彼女の口調は平常心を保っているようだが、無論内心穏やかではないだろう。
 しかしその女性は、いえ構いません、混浴とはそうしたものですからどうぞ、と云った。
 なんと気丈な、実にあっけらかんとした態度である。
 意外な返答に私の方が度肝を抜かれた恰好だが、そう来られてはこちらも肚(はら)を決めざるを得ない。かつて混浴も何度か入ったし、ホモと入った経験すらあるのである。
「そうですか、では…」
 と、ふたりで風呂のある河原へと降りて行った。

 そこは硫黄岳爆裂火口下の河原で、屋根も壁もまったくないただの浴槽がぽつねんと地面に埋め込まれている。
 縦横の寸法は2メートルの4メートルくらいか、定員5人くらいの浴槽には白濁したお湯が張られ、あたり一帯硫化水素臭が漂っている。実に野趣あふれる魅力的な温泉だが、やはり他には誰もいなかった。
 おもむろにふたりでデジカメを取り出し、誰もいない浴槽の写真を撮る。続いて彼女のデジカメで風呂をバックにした彼女の写真を撮る。彼女の方も撮りますよというが、私はそこまでしなくともよいのでこれは遠慮する。
 さて、いよいよ入浴である。
 そこは浴槽の他には板敷きがあるだけで、着替えの小屋はおろか何のパーテーションも存在しない。とりあえず彼女に背を向けて服を脱ぐ。しばらくすると彼女が、これから入るまでしばらく見ないでくださいと云う。入ってしまえばあとは白濁したお湯が隠してくれる。了解し、しばらく河原の風景を眺める間の抜けた時間が流れた。
「あと1分」
 背後で彼女が云う。

 やがて、いいですよと彼女が云う。振り向くと彼女は背を向けていたので、手早く脱ぎ、股間を洗って入浴する。私が入ると彼女は向き直った。浴槽は広くはない。
 彼女も単独登山者で、明日赤岳に登ると云う。私は今登って降りてきたという情報を提供した。同じ趣味を持つ者同士、会話は弾む。彼女は歳のころ22、3くらいだろうか。バスタオルを巻いてない様なのであまり正視はできないが、しかしあまりの度胸のよさに、こういうことに慣れているのかと訊くと、いいえ初めてです、緊張もしていますという。
「でも楽しく話もできてよかった」
 と言ってくれた。
 よほど私が善良に見えたのだろうか。確かにこういう場合、私は至って無害だが、一人で山登りに来る女性というのは、内心はともかく、実にあっけらかんとしている。そういえば、山の上でも単独の若い女性登山者と話をしたが、彼女もあっけらかんとした印象の女性だった。
 下界と違い、山の上は人が生きていくにはあまりに厳しい世界だろうが、そこに何かを求めて徘徊する人達の心情というのは、何かしら可笑し味があって興味深い。

 あまり長い時間ふたりきりではやはり気まずいので、私は先に上がりますと言った。彼女は、
「では後を向いていますので」
 というので、いや、別に構いません、私はオジサンなので、というと彼女は、
「そうですか」
 と、私が服を着るのをじっと見ていた。これはこれで恥ずかしいのだが、言ってしまった手前仕方がない。私のCW-Xを見て、
「めずらしい柄ですね、どこで買ったのですか?」
 などとしきりに話しかけてくる。緊張感と安堵感が入り混じり、少し昂揚状態になっているようだった。着替えが終わると彼女に挨拶して山を下った。
 16時50分、クルマを置いたゲートに到着した。全行程は10時間45分と、読み通りに計画は完遂した。
実際に肉眼で見る赤岳の急登は、とんでもなく急に見える

コマクサ チシマギキョウ ミヤマキンバイ

●登山データ

2008年7月22日(火曜日)
本沢温泉ゲート前駐車場(標高1,847M)→赤岳山頂(標高2,899M)、標高差1,052M

本沢温泉ゲート前駐車場(6時05分出発)→本沢温泉(6時55分)→夏沢峠(7時38分)→硫黄岳(8時15分到着/休憩:15分/8時30分出発)→横岳(9時25分到着/休憩:5分/9時30分出発)→赤岳山頂(11時15分到着)、登り所要時間:5時間10分
山頂滞在時間:30分
赤岳山頂(11時45分下山開始)→横岳(13時07分)→硫黄岳(14時00分)→夏沢峠(14時40分)→本沢温泉(15時25分/入浴:35分/16時00分出発)→ゲート前駐車場(16時50分到着)、下り所要時間:5時間05分
全行程:10時間45分

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