Practice Makes Perfect/甲武信ヶ岳・三宝山
木賊山から臨む甲武信ヶ岳(左/標高2,475M)と三宝山(右/2,483M) 三宝山から臨む木賊山(左/標高2,469M)と甲武信ヶ岳(右)

西沢渓谷駐車場
ここで登山届を出して右の道を行く
徳ちゃん新道入り口
徳ちゃん新道はかなりの急登だ
戸渡尾根・新道旧道の分岐点
6月上旬には石楠花のトンネルも見られるようだ
標高2,400Mから登山道は残雪・泥濘になる
木賊山山頂
甲武信小屋
甲武信ヶ岳への最後の登り
甲武信ヶ岳山頂
水師、富士見から五郎山へ伸びる稜線
甲武信ヶ岳山頂からの三宝山と山宝岩
三宝山山頂

山宝岩入り口
山宝岩と甲武信ヶ岳
山宝岩
山宝岩から見た三宝山山頂
ピラミッドのような山宝岩

甲武信ヶ岳・三宝山(西沢渓谷ルート日帰り)

2008年6月17日(火曜日)

 私は毎回、山とコースを選定するに当たってテーマを決めているが、この日のテーマは『急登コース日帰り10時間が及ぼす膝靭帯へのダメージの検証とダブルストックの効能について』である。選んだのは甲武信ヶ岳(こぶしがたけ/標高2,475M)・西沢渓谷ルート徳ちゃん新道の往復である。
 この辺り、いわゆる奥秩父連山は、文字通り広い範囲の山がひとつにくっついており、それぞれのピークに名前がついている。しかし麓の方はどの山の麓なのかというのはよくわからない。今回の西沢渓谷ルートも、まず最初に到達するのが木賊山(とくさやま/標高2,469M)であり、その稜線伝いに甲武信ヶ岳がある。また、そのすぐ奥には三宝山(さんぽうざん/標高2,483M)と続いており、それぞれが30分ほどの時間で歩けるほどに近接している。
 甲武信ヶ岳は日本百名山でもあり、甲斐・武蔵・信濃の三国にまたがっていることから、それぞれの地域の川の源流をなすなど、何かと人気のある山である。
 一方すぐ隣の三宝山は、地味ながらも埼玉県の最高峰である。今回はそこまで行ってみることにした。

 地図をざっくり見積もって往復12時間。最小限の休憩を入れると13時間に達する。額面どおりなら日帰りはかなりきつく、膝の故障が出れば帰還は困難となる。この計画段階ですでに先日の雲取山での教訓は無視されていた。
 西沢渓谷入り口の駐車場にクルマを置き、朝5時50分に登山を開始する。駐車場から頭の中の地図に従って歩いて行くが、このあたり甲武信ヶ岳のコの字も見当たらない。
 西沢渓谷の標識に導かれてゆくと、やがてネトリ(子酉)のトイレに着く。ここでようやく甲武信ヶ岳登山道の描かれた地図看板が出ており、登山届も用意されている。トイレの右手の林道をしばらく行くと、甲武信ヶ岳登山道入口の大きな看板が現れる。この西沢渓谷ルートの登山口はふたつあり、今日の予定は徳ちゃん新道なので、この入り口を通り過ぎて更に林道を奥に進む。やがて西沢山荘の手前にチマッとした標識が立っている。『甲武信岳、徳ちゃん新道登山口、5時間』と書かれている。

 地図データでは木賊山までの標高差は約1,270メートル。ルートはひたすら急登であり、時にのけぞるような急登である。ストックの効果がいきなり発揮されることになった。
 ともすればバランスを崩しやすい急登では、ストックを突くことで容易にリカバリーでき、足場の悪い個所でも腕でトラクションを掛けることで、スピードを落とすことなくクリアすることができる。そして何より両足のみに掛かっていた負荷を両腕に分散することで余力ができ、まさに4WDの力強さを得た感がある。
 ストックが有効なのは実は私自身すでに実証済みだった。何度か行った山スキーでは常にダブルストックで最大傾斜線を登っていたのである。ただこの時は背負ったスキー板があまりに重く、とても登ること自体に楽という要素を見出せなかったに過ぎない。重量物を持たない夏の日帰り登山では、ダブルストックを使うことで更なるスピードアップが期待できるだろう。
 これまでの登山と違い、この日は妙に心拍が静かな状態で落ち着いている。リミッターが解除された疲労無効状態『ゾーン』に入っていることは間違いないが、これまでなら心拍はかなり高かった。心拍の高い状態が続くと寿命が縮まるのではないかと懸念していたのだが、この日の妙な落ち着きは、第二段階にでも入ったのだろうか。

 徳ちゃん新道は戸渡尾根旧道との合流点以外、自分の位置が分かりにくい。眺望はほとんど効かないが、ウグイスの鳴き声やらキツツキの木を穿つ音やら結構楽しい。ちなみに新道入り口からこの合流点には1時間半で達した。
 ここから登山道は石楠花(しゃくなげ)のトンネルになる。6月中旬で既に花の見頃は終わっていたが、文字通りのトンネル状態であり、腰をかがめ、背を丸めて歩かねばならない。
 ここまで鬱蒼とした樹林帯をひたすら急登してきたが、不意に視界が開ける岩場に出る。眼下にはダム湖が見渡せ、手前の鶏冠山(とさかやま)から遠く乾徳山(けんとくさん)方面の眺望がよい。
 やがて原生林の様相に変わってくると、倒木が多く登山道が分かりにくくなる。登るのはいいとして、下りは道が分かるだろうかと不安になり、時々振り返っては確かめるが、このことは結果的には杞憂に過ぎなかった。下から見ると分かりにくいが、上からだと踏み痕は割りかし判別できた。
 稜線が近づく頃になると登山道に残雪が現れる。このあたりの登山道は窪んでいるため、雪解け水が水溜りになり、泥濘の様相に変わる。アイゼンはいらないが、ストックがあると心強い。
 やがて木賊山山頂に到着した。到着時刻は9時40分。駐車場を出発してから3時間50分である。
 ここは森の中という感じで展望はない。休むことなく甲武信との鞍部へ続く道を下ると、突如視界が開けたザレ場となり、ようやく眼前に甲武信ヶ岳と三宝山がその姿を現わした。

 甲武信ヶ岳の異様に大きな傷跡がまず目を惹く。何か空から落ちてきた物体が山の斜面に沿って不時着したかのように、山頂からはるか下まで一直線に樹木ごと山肌がえぐり取られている。これは一体どういう経緯で出来たのだろうか。
 今立っているこの場所も、突如樹木がなくなったため展望が得られているわけで、足許は岩肌がボロボロ削れて砂になっている滑りやすい斜面で、左下は遥か下まで落ち込んでおり、ガスで視界の悪い時など、間違って滑り落ちれば助からないだろう。ここでもストックがあれば不安はずいぶん軽減できる。
 再び森に入り込み、少し下った鞍部が甲武信小屋である。ここからがやっと甲武信ヶ岳本体の登りとなり、これは僅か20分で終了する。
 ここの山頂は明るい。到着時刻が10時15分。出発から無休憩のまま4時間25分で登りきった。特に疲労はない。ここでリュックを下ろして本日はじめての休憩を容れる。

 ここまで猛烈な急登に次ぐ急登、暗く鬱蒼とした残雪の原生林と、実に4時間半も掛けて登ってきたわけだが、その到達点は相当に山深い、もはや人界ではないだろうくらいな胸躍る期待感があった。
 しかし、目の前に広がる光景はそうではなかった。あの山の緩やかな斜面一面、雪が積もったようにキラキラ光っているのは畑に敷いてあるビニールだろうか。川上村の人里が意外に近いことにしばし茫然とした。
 長野の標高が一般的に高いというのは軽井沢辺りを見ても分かっていたことだが、まあ、つまり、それを体で知ったということだろうか。昔の人たちが、まだ狼の徘徊する雁坂峠や十文字峠を越えてきて、越えた所が人里だったら喜びもひとしおだったに違いない。それを疑似体験できたということだろうか。
 人里であるからには車道も深く入り込んでいて、現在では千曲川源流遊歩道というハイキングコースが整備され、長野側からなら容易く登れるようになっているようだ。

 三宝山に目を移すと、山頂のすぐ下に何かピラミッドみたいなのが見える。何の変哲もない、ずんぐりした三宝山にあって、そこだけピョコっと飛び出たその姿は甲武信に劣らず異様である。甲武信の不時着痕といい、このピラミッドといい、『エイリアンVSプレデター』の映画を彷彿させるロケーションである。
 少しの休憩の後、三宝山へ出掛ける。下ってまた登る30分の道程である。
 頂上はちょっとした公園のように少し広くなっているが、周りを樹木で囲われているため展望はない。登って来た甲武信方面に石があり、その上に上ると例のピラミッド越しに甲武信ヶ岳が見える。これが唯一の展望である。山頂は小さな羽虫が異常に多く、非常にうるさい。うっかりすると耳や口の中にまで飛び込んで来る。うっとうしいが、ここが本日の最終目的地なので、ここで昼食を摂る。
 しかし、やはりうっとうしい。来た道を少し戻り、問題のピラミッド、山宝岩を見に行く。山頂から2分で行ける。ちなみに地図には『三宝石』と出ているが、登山道の標識には『山宝岩』と書かれていた。

 この山宝岩はいくつもの巨石が積み上げられており、そこだけ異様である。これはどういう過程でできうるものなのだろうか。三宝山山頂からの展望はないが、この山宝岩からの眺めは好い。眼前に甲武信ヶ岳と木賊山を並べて見ることができ、ここに来てようやくこの日の登山が報われた思いがする。ここでひとしきり休み、11時35分、下山を開始する。

 甲武信ヶ岳山頂下の巻き道を下り、木賊山の巻き道をゆき、破風山(はふさん)への分岐から残雪を踏み越えて徳ちゃん新道へ抜ける。ここからの急降下に入ると左膝が痛み出した。
 ここまでダブルストックで何とか凌いできたが、どうやらそれもタイムリミットのようである。旧道との分岐を過ぎた最後の急降下では膝が棒のようになり、著しく失速した。駐車場到着が15時55分。下山開始から4時間20分と、前(さき)の雲取山と同様、下りの時間短縮をほとんどできないという結果になった。
 今回の全行程は10時間05分である。当面の目標は一日10時間を歩き、二日間連続に耐えうる能力を得ることなのだが、この膝の状態では二日目は無理と認めざるを得ない。当面は休養である。

●登山データ
2008年6月17日(火曜日)
西沢渓谷駐車場(標高1,110M)→三宝山(標高2,483M)、標高差1,373M

西沢渓谷駐車場(5時50分出発)→木賊山山頂(9時40分)→甲武信ヶ岳山頂(10時15分到着)
甲武信ヶ岳までの登り所要時間:4時間25分
甲武信ヶ岳(休憩:25分/10時40分出発)→三宝山山頂(11時05分到着)
三宝山までの登り所要時間:5時間15分
三宝山休憩と山宝岩での休憩:30分
山宝岩(11時35分下山開始)→甲武信ヶ岳巻き道→木賊山巻き道→西沢渓谷駐車場(15時55分到着)
下り所要時間:4時間20分
全行程:10時間05分

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