Practice Makes Perfect/二子山
二子山・東岳(標高1,122M)と切り立った稜線ルート

登山口(7:25出発) 平成19年9月6日に関東に上陸した台風9号の大雨によって破壊された沢筋の登山道。
他にも両神山や妙義山が通行止めとなった
沢筋から脱すると意外にもかなりの急登である。
路面も肩下がりで、土質は濡れていて滑りやすい
40分で股峠に到着。10分間休憩してまずは東岳往復へと出発

あまり登る人がいないのか道が不明瞭だ。木に縛られている紐や、岩に描かれているペンキのマーカーが頼りだ。
おまけに急なので土の部分は滑る
おや?
オーバーハングした岩に鎖が取り付けられている。下を覗いてみると結構高い。
これはちょっと危ないんじゃないか?
おやおや…
頂上かと思ったら切り立った稜線がまだ先へ伸びている。もしやここは意外に危険な山なのでは…

東岳山頂の様子 股峠に戻り、次は西岳へ登る

東岳から見る西岳の断崖は一見厚みがあるように見えるが、実際は薄っぺらな板を山折り谷折りして立てた屏風のような形状をしている。
左に見える伐採区画は西岳縦走ルートの下山地点になる
ロッククライミングピークから見た西岳の山頂(標高1,165.6M)
西岳の頂上に立つと更に西に現れる謎のピーク
西岳山頂とヤセ尾根ルートを振り返る

二子山縦走

2007年10月23日(火曜日)

 スキーのオフトレとして始めた山登りが高じて趣味化してしまった感があるが、わざわざ遠くまで出かけなくとも、私の住む秩父にも山はたくさんある。これらにも順次登ろうということで、まずは両神山を選んだ。
 秩父の観光ガイドのサイトを調べると、いくつかあるルートのうち八丁峠ルートのみ通行可能とあるので、余裕の朝6時過ぎに家を出て国道299号線を西に向かった。
 ところが、その林道の入り口である志賀坂トンネルまで来てみると通行止めになっていた。
 平成19年9月6日の台風9号の影響で林道が崩落しているらしい。ここから歩こうかとも考えたが、八丁トンネルの駐車場まで往復2時間くらいかかりそうだ。通行止の結界を破るのにも逡巡(しゅんじゅん)し、ターゲットをあっさり二子山に変更した。
 地図を広げて見るとあまり時間を掛けずに登れそうで、少々役不足ではあるが、いずれここも登る予定だったので、岩山の散策体験ということで妥協した。

 二子山とか烏帽子岳という名前の山は全国にいくつもあるのだろうか。秩父にも二子山はふたつある。単にふたつの山がくっついているというわかりやすい形状によるものだが、この群馬県境に近い二子山もそれに違わない。但し岩峰である。志賀坂トンネルからクルマをUターンさせると、頭上にそれは屹立していた。
 クルマで2分ほど下ると民宿『登人』の手前に左に入る林道がある。そこが二子山の登山口である。登山口を少し過ぎ、広くなっている路肩にクルマに停めて支度していると、キノコ捕りのおじさんがクルマを横に停めた。
 おじさんによると、このまま林道を進んで山の裏側に周れば、山頂への最短ルートがあるそうだが、こちらも土砂崩れで通行止めになっているという。まあ別に、ここから登ってもたいしたことないので、7時25分に登山を開始した。

 最初は鬱蒼とした森の中を登るが、すぐに沢筋に出る。いきなり沢を渡る丸太橋が崩壊していて、通行止めのロープが張られていた。一瞬鼻白んだが、その下に代替の丸太橋が架けられているのを見て眉を開いた。どうやらこのまま進んでも良さそうだ。
 ルートは沢筋を登ってゆくのだが、なるほど大雨台風がもたらした爪痕が生々しい。流れ出た土砂と倒木が登山道を破壊しており道がわからない。とりあえず沢伝いに登ると何とかルートが見つかる、また見失うという繰り返しだった。
 やがて沢に別れを告げると杉の林間急登ルートになる。これは急である。おまけに道は肩下がりのうえ土が濡れていて滑りやすい。幸い距離は短く、出発から43分で股峠に到着した。
 二子山は東岳と西岳からなるが、その屹立する二つの山の股間に当たるのが文字通りのこの股峠である。

 当初、両神山に登るに当たって、ひとつのテーマがあった。『途中休憩の効果』についてである。前前回の富士山、前回の燕岳と無休憩のまま登りきったわけだが、今後の展開を見据えて途中休憩の及ぼす影響を検証しようと思った。
 前2回の経験では、登り始めて最初の20分ほどは辛く、そこから急に脳内リミッターが外れたかのように体が楽になり、疲れを無視したまま無休憩で頂上まで登りきることができた。しかしこの状態は途中で休憩することによってリセットしてしまわないのかということを、一度検証しておかねばならないと考えていた。高まったままの心拍状態を長時間続ければ、いずれは故障を来たすだろうからだ。
 とりあえず股峠でリュックを降ろし、腰を降ろして10分間休憩する。しかし今日は疲れてもいなければリミッターが外れたという感覚もない。不思議とごく平常な状態にある。

 所定の時間を休み、まずは東岳の往復に取り掛かる。標識には東岳まで30分と書かれている。股峠からいきなりの急登で、土が滑るので岩場を足掛かりに樹木につかまりながら登る。道は不明瞭だが、ほんの少し上ると木々の隙間から頂上の岩場が見えた。莫迦(ばか)にしたように近い。ほんのすぐそこである。道らしき形跡をたどって行くと、オーバーハングした崖に行き当たった。崖下をトラバースする狭い道が見られ、岩には掴まれとばかりに鎖が張られていた。
 おやっ、と思った。ここが登山道なのだろうか。下を覗くと10メートルほどありそうな断崖である。これではオーバーハングした崖に上体がのけぞって転落してしまうので、鎖に掴まらないとトラバースできない。まあ、おそらくここが東岳の唯一にして最大の難所なのだろう。
 崖をよじ登って頂上に出ると、なにやらまだその先に続いている。どうやらここはまだ頂上ではなかったらしい。少なからず落胆し、張り詰めていたものが切れる。せっかく登ったのに道は下り出し、また次の岩を登る。木があってよくわからなかったが、どうやらここは切り立った岩場の稜線のようである。ここで再びおやっ、と思った。もしかするとこの山は意外と危険な山なのではないだろうか、ということに薄々気付きはじめたのである。
 それでも時間的には大したことはなく、股峠から20分で東岳山頂に到着した。
 振り返ると、否応なく視界に飛び込んでくる怒張した西岳の断崖が凄まじい。
 そして、その麓に広がるスキー場のゲレンデのような伐採区画が妙に気になるのだが、これは後に行う西岳縦走ルートの下山地点であることが、のち判明する。

 別に疲れてもいないが、10分間座り込んでの休憩をしてから股峠に降りる。
 道が不明瞭でも、登る分には頂上一点を目指して登ればいいわけだが、降りるとなると話は別で、この程度の山でも困惑する。岩の稜線のどこをどう降りればいいのかということがわからず、登りよりも8分余計に時間を費やした。そしてこの要因は後々尾を引くことになる。
 まったく疲れていないが股峠で10分間休憩し、今度は西岳への登山を開始する。標識には40分とある。こちらは一般ルートと垂直ロッククライミングの上級ルートの2本があるので、迷わず一般ルートを選択する。難しくない鎖場が数箇所あり、23分で山頂に到着した。ちなみに山頂は東岳から見えていたロッククライミングの絶壁の上ではなく、そのひとつ奥の岩峰である。ここで20分ほど休憩する。

 ここは『二子山』のはずだが、この西岳の更に西隣に、もうひとつの岩山があるのには休憩している間薄々気付いていた。今座っている西岳のピークと何ら遜色のない堂々としたものである。
 下の国道からは気付かなかったが、あれは何だろうか。これでは三つ子山ではないか。両神山の詳細地図はあるが、二子山はマイナーなためか大雑把な地図しかない。それによると独立峰的な東岳とは違い、西岳は西に伸びる稜線を伴っていて、その縦走ルートもちゃんとあるようだ。そこを行くと魚尾道(よのおみち)峠経由で登山口の少し上の国道へ降りられるとなっていて、所要時間は2時間10分と書かれている。まだ10時だし、降りて温泉に入るにはこちらを周ったほうがよろしかろう。何より目の前にもうひとつのピークがあるのに、登らないわけには行かないだろうと、安易に縦走を決定した。

 ここからの縦走路は今までとまったく違った様相を見せる。両側が切り立った絶壁の稜線のうえ、岩山全体が石灰岩でできていて、浮石はほとんどないものの、雨によって侵食された石灰岩は、尖った剣の切っ先を何十本と並べ立てたような格好であり、その切っ先の上をピンポイントで踏んで渡り歩かねばならない緊張感の持続を強いられる。ヤセ尾根といっても限度があるだろう。まともに歩くことは困難であり、岩を乗越えよじ登りしなければならず、前途の困難は容易に想像できる。所々にペンキでマーカーが付けてあり、間違いなくここが縦走ルートであることを示しているが、つまり、今までよりもはるかに危険度が増すわけで、高所恐怖症の人は股峠に引き返したほうがいいだろう。
 西岳山頂から謎のピークまで18分で達した。精神的に消耗する危険なヤセ尾根も、時間的には大したことなかったのはせめてもの救いだろう。ここで10分間の休憩の後、10時38分に縦走の続きを開始する。

 山頂をそっくり削り取られた叶山(かのうやま)が無残な姿をさらしている。この山も丸ごと石灰岩で出来ており、真っ平らに削られた断面は眩いほどに真っ白だ。採掘された石灰岩は直線距離で約20キロ離れた太平洋セメント(旧秩父セメント)第2プラントまで、地中のベルトコンベヤーによって運ばれている。
 ここまで来るとようやく尾根も尽きた観がある。あとは降りるだけだが、マイナー登山の悲しさか、この下山道がどうも不明瞭すぎる。木に縛られたビニール紐とか、岩に描かれたペンキマークとか、僅かな踏み跡など何らかの痕跡を見つけられるかが生還の鍵なのだが、どこから降りたらいいのか皆目わからず、しばらく探索に時間を費やしてしまった。
 特にこのような断崖絶壁の岩山では、誤った方向に降りれば滑落する危険が高いので、この探索はくれぐれも慎重に行う必要がある。何とかルートを見つけて降りると、やがて5メートルほどの垂直の鎖場が現れる。これが最後の難関で、これを降りれば岩場は終了して林間コースになる。
 東岳の鎖場も同様だったが、鎖とアンカーボルト、それにステップの金具がまだ新しい。これが錆び細っていたら身を預けるのはためらわれるが、岩場の整備は大変行き届いていて安心感が高い。

 林間コースをしばらく下ると突如視界が開けるが、これが東岳の上から見えたスキー場のゲレンデのような伐採区画である。ここに11時10分到着。謎のピークから32分後である。
 正面には両神山がうすらぼんやりたたずんでいるが、後ろを振り返ると、今まで縦走してきた西岳が、杉林の上から覆いかぶさるように圧倒している。ここから見上げると確かに威容だが、実際には薄っぺらな、文字通り屏風を立てたような山だというのが何とも滑稽である。
 しかしそれだけに、切り立った細い稜線歩きは道というようなものではなく、岩の上から岩の上へと伝わり歩くものであり、滑落すれば間違いなく死ぬことを考え合わせると、やはり危険な山だったのだと認識せざるを得ない。
 整備の行き届いたメジャーな観光ルートとはまったく異なる、マイナー故に不明瞭で危険なルートを、単独で踏破する厳しさの片鱗に触れることができ、これまでの登山中で最高難度の、価値の高い経験値を得ることが出来ただろう。そういった感慨を以って、ここに腰をすえて昼食の弁当をひろげた。

 昼食休憩を25分とり、11時35分、ここから坂本集落の標識に従い降りて行くと、再び林間コースになる。薄暗い森の中の割と急な道で意外と長い。台風の大雨によるものか、登山道の真ん中には深い溝が穿(うが)たれており、溝の左右を踏ん張って降りて行くと、何やら靴の中の感触が怪しくなってきた。このままでは肉刺(マメ)ができてしまいそうだ。
 ひたすら孤独に降りるが、時たま聞こえる下の国道を走るクルマの音や、正午を知らせるメロディー放送によって、心細さはいくぶん和らいだ。突如現れる送電線鉄塔の足許を通り抜けると、ほどなく眼下に国道が現れ、国道を下ればクルマを置いた林道までは8分で着く。クルマに着いたのが12時20分、昼休み後45分掛かった。登山開始から下山までの全行程は5時間だった。

 国道をだいぶ下った道路沿いの赤谷温泉・小鹿荘(おじかそう)の温泉で足を調べると、皮膚が白くなっている軽度のマメが三つあった。燕岳登山から11日しか経っていないので、その蓄積もあったかもしれない。
 今回のテーマである途中休憩については、かなり有効であることが確認できた。今回は特に疲れもせず、爆発力も使わず、終始平常の状態に近かったが、途中休憩をこまめにとったことも、その効果の一因をなしているのだろう。
西岳山頂の様子 普段目もくれない小さな花に思わずカメラを向けてしまった。精神的バランス保持機能によるものだろうか?

山全体が石灰岩の塊で浮石はあまりない。
雨に穿たれて剣を並べ立てたような岩の上を渡るようにして歩く
ペンキでマーカーがつけられている。
間違いなくここが縦走ルートだ
手掛かり足掛かりはあるので、三点支持で行けば技術的には問題ない。あとはメンタル面だけだ
石灰岩採掘のため無残に削られた叶山。
稜線縦走もまもなく終了。あとは降りるだけなのだが下山道がなかなか見つからない
登って来た道を降りるのならまだしも、縦走の場合、下山道が不明瞭なのは何とも苦しい。適当に降りるのは危険なので、根気よく痕跡を探そう 垂直の鎖場を降下すれば岩場も終了する。あとはひたすら林間コースとなる
東岳山頂から見えた伐採エリアにでる。
突如視界が開け、正面には両神山がぼんやりとたたずんでいる
国道に到着。あとはこれを下ればクルマを置いたところまで8分の道程だ 国道から今まで縦走してきた二子山を見上げる

縦走を終え、振り返って見た二子山の全容。左が西岳、右が東岳。ふたつの山の間が股峠

●登山データ
2007年10月23日(火曜日)
登山口(標高622M)→西岳山頂(標高1,166M)、標高差544M

登山口(7時25分出発)→股峠(8時08分/休憩:10分)→東岳(8時38分/休憩:10分)
→股峠(9時16分/休憩:9分)→西岳(9時48分/休憩:22分)
→隣のピークへ縦走(10時28分/休憩:10分)→伐採地(11時10分/昼食休憩:25分/11時35分出発)→登山口(12時20分到着)
全行程:4時間55分

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