Practice Makes Perfect/乗鞍岳・剣ヶ峯
6月上旬の乗鞍岳。大雪渓の入口には畳平から15分で立てる。最高峰・剣ヶ峯(標高3,026M)まではここから更に1時間45分掛かる

乗鞍スカイラインをバスで上がる
畳平バスターミナル。ここからはひたすら歩く
ずいぶん時間を費やしたが、山頂目指して出発
頭上にコロナ観測所
肩の小屋を目指す
肩ノ小屋を過ぎるといきなり急登になる
先人の足跡は最大傾斜線を行く
肩ノ小屋とコロナ観測所が眼下に
まっすぐ登ると蚕玉岳。剣ヶ峯へは左にトラバースする
間違えて蚕玉岳(こだまだけ)に登頂
蚕玉岳と剣ヶ峯の鞍部。ここから滑るのもいい
どうにか剣ヶ峯山頂に到着

剣ヶ峯の頂上から大日岳へ続く稜線を臨む
山頂の鳥居。乗鞍神社と本宮神社奥宮が背中合わせにある
乗鞍の師匠。剣ヶ峯の神社直下からこんなラインで滑った
山の上部を横切るのは畳平からの登山道
ここまでなら15分で来られ、時間的にも余裕を持てる滑走ポイントだ。
青丸は一番上の写真を撮ったポイント。赤丸はスキーヤーが滑っている。黄色の丸はトイレ。このあたりは雪壁が低い
畳平へは乗鞍エコーラインを登って戻る
ここは富士見岳直下で、壁の高さは10メートルある。滑って落ちたら死ぬ

乗鞍岳・剣ヶ峯滑降

 2007年6月11日、14年ぶりに乗鞍岳に山スキーに来た。以前は高額有料道路の乗鞍スカイラインをクルマで上がって滑ったが、平成15年の償却に伴い、7月に除雪開通する無料の乗鞍エコーラインと共に、通年マイカー規制が布かれ、バスかタクシー、或いは徒歩か自転車でしか登れなくなってしまった。そうなってから初めて訪れた。
 当時は安房トンネルが建設中で、夜中恐怖しながら安房峠を越えたものだが、トンネルが開通してだいぶ便利になった。
 平成18年の暮れから平成19年に掛けてのいわゆる2007年のスキーシーズンは、未曾有の雪不足に見舞われ、各地のスキー場でまともに全面オープンできないなどの被害がでたが、3月以降俄かにまとまった降雪があり、志賀高原の渋峠や、この乗鞍でも5月になってから結構な降雪があり、今年の乗鞍の積雪量は多いように見える。
 7月になれば乗鞍エコーラインの除雪も終わり、乗鞍高原から畳平までの定期バスもあるが、それまでは雪渓下の肩の小屋口のバス停のひとつ下である位ヶ原山荘前まで行くスキーバスが8時頃に一本あるのみで、これには時間が間に合いそうもないので、乗鞍スカイラインの定期バスに乗ることにする。こちらは毎年5月には開通している。

 バスは平湯温泉が始発で、途中、朴ノ木平(ほうのきだいら)スキー場を経由してから乗鞍スカイラインへ入る。朴ノ木平の駐車場は無料で、バス停も隣接しているが、平湯温泉のアカンダナ駐車場は500円取るうえ、バス停と1キロほど離れているため、無料シャトルバスで乗り継ぎするという不便さがある。朴ノ木平から終点の畳平まで45分、平湯のバスターミナルから1時間かかるが、平湯のアカンダナ駐車場からだとシャトルバスの乗り継ぎがあるため、更に15分ほど余分に見ておかなければならない。バスは1時間に1本なので、乗り遅れたら1時間待たねばならない。マイカーで登れた時と比べれば大変な不便さである。
 しかし、私には千畳敷カールでの経験があった。平日のバスなど、どうせ年寄りばかりで、スキーを持ち込むのはおそらく自分ひとりであろう。途中乗車で用具を抱えてバスの中で右往左往したくはなかった。面倒でも始発の平湯から乗るべきだと結論付けた。
 シャトルバスは平日でもちゃんと運行している。シャトルバスでは板を抱えて乗ったが、本バスでは車体の横っ腹の収納スペースに入れてもらえた。バス料金は乗鞍のホームページでは往復1,800円と案内されているが、この日は2,000円だった。
 乗車率は平湯乗車が半分、朴ノ木平で残り半分、これでほぼ座席は埋まった。結局スキー用具を積んだのは私一人きりである。

 平湯を9時45分に出発して畳平に着いたのが10時45分だった。この日は天気が好く気温も高い。畳平で6℃である。ゲレンデスキーでも汗ばむ陽気だ。バス乗車中はTシャツ1枚だったが、念のためウィンドブレーカーを羽織り、リュックに板をくくりつけ、スキーブーツのままトレッキングを開始した。ちなみに背負っている重量は、板6.4キロ、スポーツドリンク1.5リットル、寒かった場合のフリースウェア1着、弁当とおやつで概ね10キロといったところである。少し歩くとすぐに体が熱くなってきた。
 池のほとりの雪道を抜けると砂利道になり歩きやすい。10分ほどで再び雪道になるが、先人達の足跡が残っているので、これを辿っていけば問題ない。左手に富士見岳の斜面がおいしそうに広がっているが、ここは立入り禁止のロープが張られている。かなりな急傾斜の上、下を走っている乗鞍エコーラインは除雪作業によって高さ10メートルの雪の壁が出来ているので、ここを滑れば道路に落ちて死ぬだろう。

 畳平から15分で、最初の滑走ポイント大雪渓に到着した。ここで繰り返し滑れば結構遊べる。しかし、ここは14年前にも滑ったので、今日は乗鞍の山頂を目指すべく、ここはトラバースして先へ向かうことにした。
 肩の小屋が見えるところまで来ると、登山者が10人ほど見える。スロープも一気に急になり、背負った板が重く肩に食い込んでくる。雪は結構しっかりしていて、スキーブーツのツボ足でもたいして潜らないし滑らない。斜度が増すので、両ストックを補助にして、3点支持で亀のように進む。荷物で重心が高くなっているので、体を起こすと後ろにバランスを崩しかねないので要注意だ。
 ガレ場は注意が必要で、石と石の隙間が意外に深いところがあり、それが雪で隠れていると足を踏み抜き、バランスを崩して転倒したり、抜けなくなった足を骨折する惧れがある。両ストックを使った三点支持で足許を確かめながら登って行くが、このガレ場の石は実際に登ってみると結構動く。ただ置いてあるだけなのだ。これを下に落としてはいけない。

「もう少しだ頑張れ」
 と山頂から励ましてくれている人がいる。ガレ場をようやく登りきって頂上に立つ。しかし、乗鞍の最高峰・剣ヶ峯ではなかった。蚕玉岳(こだまだけ)である。剣ヶ峯に行くにはここから反対側を降りねばならない。わかっている人ならここを経由することなく途中の雪面をトラバースしたのだろうが、悲しいかな不慣れ故、先人の足跡をただ阿呆のように辿って来た結果である。まあいい。ついでに制覇したということにしよう。
 頂上にいたおじさんはカメラマンで、剣ヶ峯はガスっているから今日は行った人はいないという。登山者も皆ここから引き返しているという。だから行くなという。
 ガスっているとはいえ、山頂はすぐそこに薄っすらと見えている。ここまで来て断念するのか。ここで無理をしたらやはり遭難するのだろうか。ここで断念できれば山を嘗(な)めていないという証にはなるだろう。しばらくおじさんと語ったが、結局袂別した。
 下りだが板は担いだまま降りる。降りると鞍部である。ここも滑るのにはいいポイントである。結構急で30度くらいはある。
 この鞍部で初めてスキーヤーに出会った。
 おじさんである。話をすると私と同じ埼玉県人だという。しかも既に剣ヶ峯山頂から滑り降り、荷物を下に置いて、この鞍部から滑るのが今日2本目だという。私が山頂へ行くと言うと、おじさんも一緒に行くと言う。思わぬ同行者を得たことは僥倖と言うべきだろう。

 荷物を置いてきただけあって、おじさんは恐ろしく軽装だ。この軽装、登山者パーティーのリーダー格からよく注意を受けるのだという。「おじさん、そんな軽装で登っちゃ駄目だよ」と。しかしこのおじさん、今でこそ膝を痛めてスキーしかしていないが、かつては登山暦40年のロッククライマーであり、乗鞍岳も年間30日滑っているのだという。つまり、かぐらスキー場が終わる6月から、狭山スキー場がオープンする10月までここで滑っているので、一年中スキーヤーなのだという。私は日帰り強行だが、おじさんは今日から明後日まで3日間滑るという。そうした経験に裏打ちされた軽装であり、青二才のただ山を嘗めているだけの私の軽装とはどうも違うらしい。尤(もっと)も私も、6月の乗鞍でピッケルやアイゼンが必要だとはまったく考えていない。ちなみにおじさん、おん齢67だという。敬意を払い乗鞍の師匠と呼ぶことにする。
 ふたりで話をしながらの登山は、一人で登るよりもはるかに楽だった。すぐに剣ヶ峯山頂に到着した。この時既に13時である。畳平を出発してから2時間も経っている。やはり体力が伴っていないのは否めないところだ。ガスっているので晴れるまで山頂でしばらく休憩した。

 やがて晴れた。滑走コースは写真のラインである。剣ヶ峯山頂にはふたつの神社が背中合わせに建っているが、長野側を向いている神社のすぐ下から滑り出して、眼下のエコーラインを目指す。上部の斜度概ね30度、コース幅は30〜80メートルくらい、滑走距離は約800メートルといったところか。
 山登りを嘗めているかどうかの論議はさておき、山を滑り降りるとなると話は別である。何しろ最も急な傾斜を滑り落ちようというのである。岩もあるしクレバスもあるだろう。見えないが雪の下には空洞ができていて雪解けの川が流れているかもしれない。もちろん圧雪整備などされていないし、エコーラインを除雪した雪壁の高さはここからではよくわからない。無智、技量の伴わない嘗めた態度で臨めば、それこそ命に係わる。が、この日、ここまでただ登って来ただけでスキーの足慣らしはまったくしていない。のみならず、スキー自体に一ヶ月のブランクを置くという、念の入った嘗めようなのである。自称上級者として培ってきた対応力だけが頼みの綱だった。
 自称上級者であれば斜度自体は問題ないが、雪質はスキー場のゲレンデとはまったく異なる。砂かと思うほど非常に重く、板を回しにくい。回すと急ブレーキが掛かり、斜度が急なため上体がつんのめる。それに耐えるため脚に大きく負担が掛かる。
 上手ぶって小回りなどしようものなら、足をとられてたちまち転倒するだろう。斜度が急なので転倒したらそのまま下まで行ってしまう。岩に当たれば動けなくなるかもしれない。
 ずれずれの中回りに切り替えるが、山周りが重い。板を回せないと岩が迫る。しかも自分が滑ったことによって、小規模ながら表層雪崩も発生した。雪崩の中を滑るのは初めてであるが、小規模なので慌てなければ問題ない。
 中間部に来ると少し斜度も緩くなり雪質も滑りやすくなる。雪崩もここまでは追ってこない。やっとショートターンが快適にできる。幅も広くなるので、シュプールを刻むのにも俄かに気合が入る。
 下部はだいぶ緩くなるので、スピードを落とさないようロングターンに切り替えるが、なにぶんオフピステである。油断していると足を取られるので注意が必要だ。
 ゴールとなるエコーラインは除雪作業によって雪の壁ができている。このあたりは2メートルほどだが、それでも落ちればただでは済まないので、決して道路に安易に近づいてはいけない。エコーラインの駐車場とトイレのあるところまで行けばこの雪の壁はなくなるので、そこまで慎重にトラバースする。
 結局この一本を滑って修了。エコーラインを畳平まで登って戻る。ここは車道だけあって、除雪されていれば歩くのは楽である。但しやはり1時間ほど掛かるので、スキーブーツだとソールがかなり摩耗する。ここは履き替えの靴を持参したほうが良いだろう。但し、除雪が済んでいないと通れないので、その場合トイレ前から斜面を登って、来た道を戻るしかない。
 下山バスも1時間に1本で、最終は17時である。余裕を持って1時間前には切り上げたい。
 結局この日、見える範囲にいたスキーヤーは自分を含めて4人、ボーダーはいなかった。4人とも16時のバスで下山した。朴ノ木平到着は16時35分、平湯到着は16時50分、シャトルバス待ちでアカンダナ駐車場着が17時05分だった。
乗鞍岳


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