●グラススキー体験記

左右のグラススキーが接触すると恐ろしいことが起こるため、ワイドスタンスが基本だ
ふじてんリゾートで借りた上級用具E'SAM
AKAGI 芝 SPORTSで借りたE'SAM
用具に左右がありロゴがある方が外側になる
 グラススキーをするにはグラススキー場まで出かけなくてはならない上、用具を借りたり、リフト料金も掛かったりと、一般の公園で行うインラインスケートに比べて、お手軽というわけには行きませんが、誰に気兼ねすることなく専用ゲレンデを存分に滑れる点、健全なアウトドアスポーツと言えるでしょう。
 スキーヤーの中でもグラススキーまでする人は少なく、あまり盛況とは言えないのが現状ですが、少し滑れるようになれば夏の代替スキーとしては結構面白いものです。
 カービングターンの練習に最適とか、スキーとは別物で何の役にも立たないとか言われるグラススキーですが、その実態はどのようなものなのでしょう。

用具を借りる

 用具はレンタルです。レンタル一式の料金は廉価に設定されていますが、スキー場によっては、板、ブーツ、ストックと個別料金を設定しているところもあるので、用意できる物は持参します。他にインラインの防具、軍手を持参します。マイ防具は持っていなくても、多くの施設で無料で貸してくれます。週末以外は飲食施設が休業していることが多いので、事前確認の上、弁当を持参するか、途中で抜け出して外食するかになります。

 グラススキーはフレームに取り付けられたエレメントと呼ばれるキャタピラで滑走します。ブレーキはなく、滑ると轟音がして、エレメントに点した油が飛び散ります。用具は初級用、上級用があり、上級用はやはり慣れるまではターンしにくいので、最初は初級用を借りるのが無難です。
 5本ほど滑ると目に見えて滑走性が落ちるので、適宜オイルをさします。オイル注しはあらかじめ借りておきます。

パラレルターン

 とりあえず斜滑降したり、カニ歩きしてみます。グラススキー場のゲレンデは大抵は一コースのみですが、リフトを途中で降りられたり、外側を回ればほとんど平らだったり、芝の借り具合を変えることで滑走性に幅を持たせており、このような状況ではストックで漕がないと進まないくらいなので、最初はそういったところを選んで練習します。
 スキーの場合、滑走中に左右の板同士が接触しても大した問題ではありませんが、グラススキーは接触するとエレメントの回転がロックしてしまい、突然足払いを食らった格好になり胸から転倒します。アスファルトで転ぶインラインより幾分マシとは言え、それでもかなり痛い上、服は緑色に染まります。ワイドスタンスを心掛けたほうが無難でしょう。

 グラススキーの滑走感覚はスキーとは異なります。スキーはずらすことが容易で、外足荷重で滑った場合、内スキーはずれながら補助的に追従します。グラススキーではこのような滑りは難しく、特に低速で外足荷重で滑った場合、まずこのことに違和感を覚えます。グラススキーでは内スキーがほとんどずれず、両足ともにグリップします。そのため特にスリップアングルがほとんど発生しない低速では、小指から踵で荷重された内足の切れ角が、親指から踵で荷重された外足よりも増すことによって、グリップした内スキーが、外スキー主体のターンイメージをぶち壊すようにターンを内向きに先導してしまいます。外足荷重で滑ろうとしても、わずかに荷重された内足が、想定外の動きとなって内側に切れ込んでしまい、外スキーは外へ、内スキーは内へと先開いて行き、仕舞いには股裂き状態に陥ります。こうなるとグラススキーをずらして戻すことはできず、後は胸から転倒して呼吸が一時停止する憂目を見るしかありません。まったく言うことを聞かないどうしようもない代物で、スキーとは別物で何の役にも立たないと叫びたくなるでしょう。

 まずこの内足の挙動を何とかしないことにははじまりません。スピードに任せて無理やりターンに入っても、内足が意に反して動くことでターンは破綻してしまいます。そういう時はとりあえず、定石通りプルークボーゲンから入ってみることにしましょう。
 少し直滑降してから両脚を思い切り、躊躇せずに、ガバッと開きだします。するとエッジがかなり立った状態になり、右だろうが左だろうが、すんなりとターンできることに気付きます。つまりエッジを如何に立てられるかが鍵となるわけで、とりあえずこれで転倒することなく、下まで連続ターンを楽しむことができるようになります。
 同様にパラレルターンでも、両スキーの角を必要以上に大きく立てる意識を持つことで、意外と簡単にターンできるようになるのですが、この内足アウトエッジを大きく立てて、そこに乗り込んで行くという動作は、ひとつの技術的な壁と言えます。スキーやインラインスケートで内足エッジ操作に慣れていれば問題ありませんが、この感覚が希薄な場合は難渋するでしょう。内足アウトエッジに乗り込む感覚をつかむ練習としては、山周りをスケーティングステップで切り上げる方法などを試すと良いでしょう。
 とにかくこのコツが分かってくると、スピードに乗った両足荷重から外足荷重のターンにも違和感がなくなり、スキーに近い感覚で爽快に滑れるようになってきます。がに股で腰を落とし、両すねを寝かせてエッジを直角に立てるくらいのオーバーな意識で滑れば、カービングショートターンもほどなく習得できるでしょう。ここから脚をひねりこむとグラススキーはスキッドしますが、この制御は難しいです。カービング時代にわざわざ芝の上でウェーデルンの練習をすることもありませんが。

 ところで施設によっては、ゲレンデに何らかの動物の仕業であろう、直径20センチほどの穴が開いていたり、黒豆をばらまいたような糞があることがあります。この穴に板をとられると、用具の短いグラススキーでは簡単にバランスを崩します。一旦バランスが崩れるとリカバリーは非常に困難で、ずれにくいグラススキーではスノーボードの逆エッジのようなことが起こり、突如エレメントの回転がロックします。体には慣性がついているので、うまくダブルストックを使ってピョンピョンとスキップしながら切り抜けるしかありませんが、糞の上にだけは転びたくないものです。これはこれでコブ斜面でのリカバリーシーンにも通じている気もします。
 穴が少なければ避けたライン取りができますが、もし多すぎて避けきれない場合は、ポジションをやや後よりに構えれば比較的凹凸に対応できます。これはコブパラのシミュレーションといったところでしょうか。

リフトをつかむ

 私の行った施設のリフトは、着脱式TバーやJバーといった簡易式のリフトで、ちょっと乗り方にコツのいるものでした。リフトやワイヤーを手でつかむため、軍手などの手袋が必要です。
 着脱式のTバーは、乗るごとに乗り場のリフトが減り、降り場に溜まって行きます。乗り場に無くなってしまうと滑っても上に帰れなくなってしまうので、係の人がいない場合は、自分でTバーの在庫を管理し、たまったTバーを担いで下ろさなければなりません。
 下の写真のコース左端に黒い道が写っていますが、これはJバーリフトの下に敷いてあるゴムシートです。リフトはほとんどただのワイヤーなので写真ではわかりにくいですが、ワイヤーについているJバーをつかむか、お尻に当てるかして引っ張ってもらい、ゴムシート上にグラススキーを接地させたまま滑り上がります。
 通常スキー場のリフトは、地面の起伏に合わせて支柱が10本〜20本ほど建てられていますが、TバーやJバーは途中に支柱がなく、乗り場から降り場までワンスパンです。そのため、斜面に起伏がある場合、地面とワイヤーの地上高は、低いところで50センチ、高いところでは1メートル以上にもなります。Jバーを手で掴んでいると、1メートル以上になった時に辛くて手を放してしまうので、最初からお尻の下にJバーをあてて深く座り込んでテンションに抗わないと上まで上れませんでした。
 途中、コースとの仕切りの防護ネットが途切れている数箇所で降りることが出来るので、急なところが嫌なら、途中で降りれば大丈夫です。着脱式Tバーの場合はテンションの抜ける降り場でしか降りられませんが、コース外寄りの芝の刈り込みの荒い所を滑ることで斜度に対応できます。
 冬のベンチリフトはただ座ってさえいれば良く、言わば滑りのインターバルであり休憩タイムですが、グラススキーのリフトはそれさえ許されず非常に疲れます。慣れないとコケるし筋肉痛にもなります。他の人が乗ったり落ちたりするショックが逐一伝わるので、こうした外力への対応力が求められます。リフトもオフトレの一環、バランストレーニングの一環なのです。
 リフトで休めないとなれば一体いつ休むのかというと、グラススキーは5本も滑ると滑走性が著しく悪くなります。そういう時は用具を外してオイルを注してやらねばなりませんので、5本滑るごとに休みます。

ふじてんリゾート
●ふじてんリゾート

コース全長300メートル/コース幅60メートル/最大斜度15度/平均斜度13度

 山梨県の富士山麓にあるふじてんリゾート。冬はスキー場だが、リフトは冬のベンチリフトではなく、Jバーである。Jバーリフトは途中で降りられるので、技術に応じて任意の場所から滑走できる。
 ゲレンデトップの滑り出しは少し急だが、後は延々と緩斜面が続き、リフト乗り場まで来れば自然に失速してしまう。コース全長は300メートルだが、ターンを楽しめるのは実質200メートルほどであろう。スピードを得た中で連続ターンを楽しむためには、必然的に最上部からスタートすることになるのだが、私が行った時には、ゲレンデのあちこちに動物による穴や糞がブービートラップのように散りばめられていて、なかなかトリッキーであった。
 また、隣のコースも滑走できるが、そこへ行くにはリフト最上部から更に30メートルほどハイクアップしなければならないので、実質はリフト沿いの一コースを滑ることになる。
 初心者に限って30分の無料講習を受けられるが、上級用具を借りると受けられない。

AKAGI 芝 SPORTS
●AKAGI 芝 SPORTS

コース全長250メートル

 群馬県の赤城山南麓にあるAKAGI 芝 SPORTSは、料金が安く、手ごろにグラススキーとマウンテンボードを楽しめる通年営業の施設である。
 リフトは着脱式のTバーで、初めての人は難渋するかもしれない。このタイプのリフトは、原則、上の降り場まで行くしかないが、上から見て右寄りにコース取りすれば、初心者でも問題ない。勾配が緩やかで、レンタルの初級用具にオイルをあまり注さなければ、ターンするのが困難なほどスピードは出ない。ゲレンデボトムは逆勾配になっているので、スピードが出ていてもここまで来れば自然に失速する。リフトに近づくほど勾配が増すので、スピードに乗って滑るにはこちらにコース取りすると良い。
 慣れてきたらリフト降り場から30メートルほど上にあるゲレンデトップのスタート台から滑走すれば、かなりスピードに乗った連続ターンを楽しめる。スタート台を利用する際の注意点は、スタート台の正面やや左にリフト降り場からの横道があることで、ここに突っ込むとバランスを崩して転倒する危険がある。正面右寄りにコース取りしたほうが良い。
※【2017年閉鎖】

●赤城ファミリーランドの謎の老師

 赤城ファミリーランドは赤城山の山頂付近の標高1,300メートルのところにあり、夏でも涼しい快適な環境である。近くには覚満淵というミニチュア尾瀬湿原みたいなところがあり、木道を散策すればニッコウキスゲの群落なども見られる。
 赤城有料道路は償却されていたが、地蔵岳ロープウェイは廃業しており、大沼周辺は週末だというのに閑散としていて、グラススキー客も私を含めて3人だけだった。
 特筆すべきはこのゲレンデの斜度で、良く手入れされた芝の美しさとは裏腹に、自分にこれが滑れるだろうかという不安に駆られるほどに急だった。リフトはJバーで、途中数箇所に降り場が設けられており初心者にも対応していた。先客2人はともに上級者で、一人はコースの端にポールを張っていた。
 事務所で3時間券を買い、初心者用の用具をレンタルした。防具はインライン用を持参したが、事務所の管理人のおじさんにヘルメットを勧められ、フル装備で準備体操をしていると、先客の一人がこちらに滑ってきた。冬のレース用のワンピースを着た老人だった。
 Tシャツに短パンで臨んだ私はワンピースを着たことがないので、その着心地を知る由もなかったが、彼は私の目の前に来ると、
「初めてですか?」
 と訊いてきた。
「2度目です」
 と云うと、
「私が教えましょう」
 と云う。私は婉曲(えんきょく)に断ろうとしたが、管理人のおじさんが、
「この人は初めての人にタダで教える人なのです。教えてもらいなさい」
 と云うので、それ以上拒めず、ではお願いしますということになり、彼は、
「こういう者です」
 と名刺を差し出し、そこに書いてある名前の由来は大正13年生まれだからと解説までしてくれた。

 それじゃあ、とJバーに乗る。着脱式Tバーに比べすこぶる快適だ。リフト脇のネットが途中で切れており、初心者コースとか書いてあるところで降りた。コースは一本しかないのだが、上に上がるほど滑走スピードが増すので、乗ってすぐに降りたここが初心者コースなのだ。
 じゃあ直滑降してみて、と言う。距離は非常に短いのだが、斜度はそこそこあった。ゲレンデに立つのはこれが今日はじめてである。予想以上に用具の滑走性が良く、油断もあっていきなり後傾した。
「後傾になってますね」
 間髪を入れずに老師が云う。そんなことはわかってる。この用具も今履いたばかりだし、少しは慣らしをさせてくれや、と思ったが口には出さない。今のが私の実力だと受け取られたようだが、言い訳しても仕方がない。
 最初のうちはそんな調子だったが、徐々に体が馴染んできた。前回のグラスの感覚が戻ってきて、内足のアウトエッジを使ったパラレルターンができるようになり、リフトの降り場も徐々に上げ、両足を体の側方に押し出したカービングターンで、ついにスキー場トップからの滑走も成し遂げた。
 下では暇な管理人さんがずっと見ていて、
「ずいぶん上達したね〜」
 と云ってくれる。老師は、
「この人どんどんうまくなるよ!」
 と、それが自分の指導の賜物だと大はしゃぎしていたが、そうではない。ただ単に私の感覚が戻ってきているだけなのだと思ったが、もちろん口には出さない。
 ちょっと待ってて、と老師は物置小屋に行き、手にきりたんぽの束を抱えて戻ってきた。自作のハーフポールである。老師の熱意がにじみ出ている力作だった。これがなかなか面白かったのだが、二本ほど踏み潰して壊してしまい、これには大変申し訳ないことをしたと思った。

 昼は一緒に木陰で弁当を食べた。何か沈殿している手製のドリンクを飲みながら、スキー雑誌のクリスチャン・マイヤーの写真を指差して最新テクニックの講義が続き、合間には入れ歯をはずして食後の手入れをしていた。ちなみに、お昼は誰も滑っていないので、気の付いた人がリフトの電源ブレーカーを止めるということになっているらしく、ポールを滑っていた常連が止めた。ちなみに彼はウェーデルンまでこなすほどうまかったが、私には到底そこまで到達できるイメージすら持てなかった。

 食事も済み、3時間券なので帰ると言うと、老師はもっとやって行きなさいと言い、事務所に掛け合うという。事務所に行くと管理人さんは食後の昼寝中だったが、これを起こして、
「この人面白いから午後もやって良いよね」
 と訊くと、
「いいよ」
 と云う。老師の好い遊び相手となってしまった私だが、断る理由も思いつかず、その厚意に甘えることにした。
 自分でリフトのブレーカーを入れて午後のレッスンがスタート。午後は老師が上級用のグラススキーE'SAMを貸してくれた。この頃になると、ターンを切り上げてJバーリフトに滑り込めるまでになった。ポールをやっていた常連が帰ると、今度は老師がポールを立てはじめた。ポールは確か別途料金では、と訊くと、
「いいんだよ」
 と、小屋から勝手に持ち出してゲレンデの中央に立てまくる。もはや鬼と化していた。

 結局、3時間券で一日滑ることができたし、無料の講習は営業時間が終了するまで続いたので、なかなか充実した一日だった。
 老師も終始、上機嫌だった。老師はこの近くのホテルに泊まると言って、管理人さんの運転するクルマで去って行った。無人となった妙に急なゲレンデを見上げながら、もう一度来て、次はウェーデルンをマスターしてやると心に誓ったが、再びここを訪れることは叶わなかった。
 赤城ファミリーランドが廃業したのはその翌年のことである。
※【2002年閉鎖】

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